お知らせ News

海外留学支援ワークショップを開催しました

2022年6月28日 16時30分

6月27日 ⾃然保護寄附講座海外留学⽀援ワークショップ「自然保護分野での海外留学や国際連携に興味ある?~ワークショップで情報収集しよう~」を開催しました。

自然保護寄附講座留学支援担当の庄⼦晶⼦准教授と飯⽥義彦准教授から海外留学と国連機関での国際連携の取り組みについて話題提供いただき、海外留学の準備からその経験を活かした仕事についてまで参加者と意見交換を行いました。

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(写真)当日の様子

【レポート】野生生物の保全における動物園の仕事 インタビュー:多摩動物公園 野生生物保全センター・荒井寛センター長

2022年6月14日 15時02分

野生生物の保全における動物園の仕事 インタビュー:多摩動物公園 野生生物保全センター・荒井寛センター長

生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 中嶋 千夏

国際自然保護連盟(I U C N)のレッドリストにおいて、現在、約4万種もの生物が絶滅危惧種に指定されています。さらに、気候変動などの人為的要因により、絶滅の勢いは急激に増しており、国内外問わず深刻な問題です。このように近年注目されている野生生物の絶滅危機に関する問題ですが、絶滅危惧種を「保全」する活動は、実は、動物園においても行われています。保全とは、人が手をかけながら、自然環境や動物などを保護することを指します。今回は、実際に都立動物園ではどのようにして保全活動を進めているのか、その現状を知るために、多摩動物公園野生生物保全センターの荒井寛センター長(写真1)にお話を伺いました。

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写真1:保全現場で活動する野生生物保全センター・荒井寛センター長(写真中央)

©️(公財)東京動物園協会

野生生物保全センターとは?

レッドリストに記載されている絶滅危惧種は多数いますが、動物園における保全では、どの動物園がどの種を保全するのか、それぞれの仕事を調整する必要があります。そこで、都立動物園や水族館を運営している東京動物園協会1は、この調整の役割を持つ「野生生物保全センター」を、多摩動物公園内に設置しました。多摩動物公園は、東京都の多摩丘陵に位置する都立の動物園です。特に、希少生物であるコウノトリの人工繁殖に国内で初めて成功した動物園として知られ、鳥獣保全の実績があることなどから、同センターの設置場所として選ばれました。同センターは保全活動の中心的機能を果たしており、それに基づいて、都立の動物園や水族館は様々な研究機関と連携して保全を進めています。 

多摩動物園が進めている保全活動

1) 絶滅危惧種を動物園内で守ろう、生息域外保全!

動物園は、保全活動の中でも、特に生息域外保全の役割を担っています。「生息域外保全」とは、絶滅の危機にある野生生物を、生息地以外の安全な場所に移し、人工繁殖によって保持する取り組みを指します。多摩動物公園では、中でも、国内希少野生動植物種であるコウノトリとトキの保全に力を注いでいます。

荒井センター長によると、コウノトリとトキは国内で野生絶滅した経緯は似ており、野生絶滅の時期や保護増殖活動の開始時期もほとんど同じだそうです。しかし、コウノトリはトキと違って、環境省の保護増殖事業の対象種に含まれていません。多摩動物公園や兵庫県立コウノトリの郷公園、日本動物園水族館協会が文化庁に働きかけ、IPPM-OWS2(コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル)として保全活動を継続してきました。このように、動物園や自治体が中心となって絶滅危惧種の保全活動が行われるのは、異例であるそうです。多摩動物公園内では、コウノトリの人工繁殖を行っており、生まれた個体を放鳥して野生の個体数を増やす活動をしています(写真2)。荒井センター長は、「野外への放鳥個体を確実に作り、遺伝的多様性を確保することは動物園が担う重要な仕事の一つである」とおっしゃっていました。

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写真2:多摩動物公園ではコウノトリにおける保全活動を、野外展示の形で一般向けに公開している。子育てエリアの他に、繁殖ペアを作るためのお見合いエリア、亜成鳥個体が集められるストックエリア、人がコウノトリと触れ合える共生エリアがある。 

さらに、多摩動物公園は、環境省の保護増殖事業に協力し、園内でトキの飼育繁殖も行っています。動物園で育った雛を、佐渡トキ保護センター(新潟県佐渡市)へ移して、放鳥する活動を2007年から継続してきました。放鳥した雛の生存率は年々上がっていることが確認されており、継続した活動がトキの個体数増加に貢献しています。しかし、人の手で育てた雛の生存率は、野生で育った雛よりも低いことがわかり、それからは飼育繁殖の際に、なるべく人の手をかけずに親に任せるように配慮しています。これによって放鳥後の生存率がさらに上がり、トキの生息域外保全がより進展することが期待されます。現在、放鳥個体は佐渡市周辺では定着していますが、本州への広がりが未だありません。今後の保護増殖事業では、人工繁殖した個体を本州で放鳥することを目指しています。荒井センター長は「将来的にはトキが自然状態で繁殖して、トキと人が共生する暮らしを取り戻し、人にとってトキが身近な鳥になるように活動を継続していく」と話していました。

2) 絶滅危惧種の生息地を守ろう、生息域内保全!

動物園で生まれた個体が、野生下で生態系の一部としての役割を果たすためには、前述の生息域外保全とともに、野生生息地内の環境を整備して生態系を守る「生息域内保全」を行うことが重要です。そのことから、多摩動物公園では生息域内保全についても活動を行っています。

例えば環境省のレッドリストで準絶滅危惧種に指定されているアカハライモリ(写真3)は、特に関東地域で個体数の減少が顕著であると言われています。そこで、アカハライモリの生息地における生息状況の調査や、生息環境の改善に取り組んできました。さらに、荒井センター長は長年にわたって地域の小学校と連携し、アカハライモリを題材とする出張授業などの環境教育に携わっています。小学生とアカハライモリの保全現場を訪れ、実際にどろんこになりながら生き物に触れてもらい、野生生息地を保全することの重要性を伝えています。

野生生物保全センターで働く

 野生生物保全センターには現在7名の職員が所属しています。業務は、飼育繁殖に関わる部門と、DNA解析やホルモン測定などを扱う生物工学の部門に分かれます。同センターで働くことは、「興味関心のある分野を自分で開拓し、事業を進めることができることから、やりがいのある仕事だ」と、荒井センター長は話します。

荒井センター長は学生時代、魚類を専門に研究し、その後、恩賜上野動物園内にあった水族館に就職しました。続いて、葛西臨海水族園や井の頭自然文化園、恩賜上野動物園、東京都庁の動物園関連部署に勤務し、魚類のみならず鳥類などの飼育も経験した後、多摩動物公園の同センターのセンター長に就任しました。前述のアカハライモリの出張授業や保全活動は20年近くのライフワークとして携わっており、「保全活動に参加した子供たちには、この経験を忘れずに大人になってほしい。子供たちが10年、20年後に保全分野で活躍し、またどこかで再会できればうれしい」と話していました。

 

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写真3:多摩動物公園で展示されているアカハライモリ。

野生生物保全における動物園の存在とは?

野生生物が直面している問題について多くの人に知ってもらうために、動物園は、保全活動の一部を一般向けに公開しています。公開を通じて、動物園で育った個体はどこへいくのか、また、野生生物を守るためにはなぜ人の手が必要なのかについて、動物園を訪れた人々が疑問に思い、興味関心を持つことにつながります。私たち人間により生息地を追われた動物を、人間が守っている、その現状を伝える場として、動物園は大きな役割を果たしています(写真4)。

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 写真4:保全活動を紹介した野生生物保全センターによるパネル展示。子供から大人まで、全ての人にわかりやすいように、イラストや写真を多く含んだ内容になっている。

1 東京動物園協会…恩賜上野動物園、井の頭自然文化園、多摩動物公園、葛西臨海水族園からなる、動物園と水族館の発展振興を目的とした公益財団法人。

2 IPPM-OWS…Inter-institutional Panel on Population Management of the Oriental White Stork(コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル)の略称。コウノトリの保全について、多摩動物公園や自治体、県の関連部署などと連携し、情報交換して活動を調整する団体。

【レポート】サイエンスコミュケーションで大切なこと ~専門家も参加したコミュニケーションを始めよう~

2022年6月14日 14時37分

サイエンスコミュケーションで大切なこと ~専門家も参加したコミュニケーションを始めよう~

生命地球科学研究群 環境科学学位プログラム 水木 陽菜

「コミュニケーション」で悩んだ経験はありますか?よく知っている家族や友達でも、ちょっとしたことがきっかけで誤解が生まれてしまったり、うまくコミュニケーションが取れなくなってしまったりすることがあります。コミュニケーションは日常生活に欠かせないですが、サイエンスに関わる話題でもそれは同じです。さまざまな社会問題の解決が求められている現代、専門家と市民の間の「サイエンスコミュニケーション」が重要視されています。今回は、このサイエンスコミュニケーションが社会で必要とされている役割について考えてみました。

【サイエンスコミュニケーションとは?】

「サイエンスコミュニケーション」とは、科学的な専門知識を持つ専門家とその分野に専門的でない市民との双方向のコミュニケーションのことです。例えば現在、私達にとって大変身近なコロナワクチンで考えてみると、専門家はその安全性や効果などを直接またはテレビなどのメディアで間接的にコミュニケーションを取り、市民に説明する必要があります。それがうまくいかないと、不安が残るためにワクチンを打たない選択肢をする市民が増えたり、疑念が膨らんで陰謀論が広まったりする可能性があります。

私がコミュニケーションがうまくいっていないと感じている社会課題があります。それは、特にSNSを通して影響力のある著名人もよく発信している「SDGs」。私は環境科学を専攻しているので、環境問題に関連した投稿を見ると「それほんとなの?」と思うこともあります。本質からずれていても、真に受けてしまう市民も多くいるように感じます。認知度が高まるのは良いことですが、間違った知識が広まってしまうことは止めなければなりません。そのためには、適切なコミュニケーションが必要なのではないでしょうか。

そこで今回、SDGsに関連したコミュニケーションの現状と課題を取材し、適切なコミュニケーションとは何か、そしてそれを行う上で大事にすべきことを考えてみました。

【専門家と市民の間に立つ行政の役割】

私の身近なSDGsを考えてみると、つくば市内を走るバスにプリントされている「やさしさのものさしSDGs」というつくば市のSDGsへの取り組みのコンセプトが思い浮かびました。

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「やさしさのものさしSDGs」という言葉がプリントされたつくば市が運行しているコミュニティバス「つくバス」

行政が担うサイエンスコミュニケーションには、大きく分けて「専門家―行政―市民」という3段階の主体があると考えられます。そこでまず行政の立場から、つくば市役所持続可能都市戦略室の室長吉岡直人さんと主事の古宇田泰弘さんに、感じている課題と、どのような取り組みを行っているかを取材しました。

はじめに、「やさしさのものさし」でSDGsとはどういうものかが市民に伝わっているかどうかを尋ねたところ、実際に市民からの反響を調査したことはないものの、吉岡さんによると「認識されるだけで大成功、まずは身近なものだと感じてもらうことが大切」だということです。正しい知識でコミュニケーションするためには、市民の側にも興味がないと成り立ちません。行政がその興味を引き出すための入り口づくりを担っていると考えられました。

SDGsと言っても、その17のゴールは多種多様です。市民一人ひとりの行動につなげるための具体的な活動は、持続可能都市戦略室だけではなく、それぞれの部局がコミュニケーションを図り連携して行う必要があります。そこでつくば市役所では、職員研修にSDGsの内容を取り入れたり、各部局が考えた目指すゴールのステッカーを窓口に貼ったりして意識の向上につなげているのだそうです。他にも、広報室がSDGsへの取り組みを伝えるコンセプトブックの作成を行い、イベントの宣伝も連携して行っています。市民とのコミュニケーションのためには、行政内での「連携」と、効果的な「発信」が課題のようです。

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窓口に貼られている各部局の目指すSDGsゴール

さらに、言葉の誤解を解くことの重要性についても聞きました。SDGsは「持続可能な開発目標」と訳されることがあります。「開発」と聞くと、新しく建物を建てる、産業や交通を活発にするというようなイメージを持ちます。しかし、SDGsのD(development)は、「社会全体で人間らしい生活を向上させていく」という意味を持つということです。行政は産業を発展させるための活動ではなく、そのようなまちづくりのために市民の参加を活性化する活動をする必要があります。吉岡さんは、「まずは行政がその趣旨を正しく理解するところから始めなければいけない」と話していました。

【専門家と市民がつながる】

次に専門家の代表として取材したのは、筑波大学生命環境系教授の田村憲司先生。田村先生は、筑波大学とつくば市が協働している社会貢献プロジェクトである「つくばSDGsパートナーズ」の育成に携わり、つくば市が開講する「つくばSDGsパートナー講座」で司会を務めるほか、「つくばSDGsトライ」や「つくば環境マイスター育成講座」の運営に関わっています。つくばSDGsパートナー講座とは、つくば市が年4回開講している市民向けの講座で、毎回テーマを変えてSDGsに関わる専門家が講演を行っています。

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つくばSDGsパートナー講座で司会を務める田村先生

田村先生は「大切なことは市民にSDGsに触れる機会を与えること」とおっしゃっていました。SDGsの達成に重要なのは一人ひとりができることから始めることです。興味を持った先にこの講座があるように、選択肢を増やしておくことが必要になるというのが先生の考えです。

さらに、「専門家の声を市民に届けることも大切」だということでした。この講座では、市民の質問にその場で専門家が答えるため両者の距離がとても近く、一方的に配信される動画にはないコミュニケーションの場があります。市民からすると、専門家がいることで興味の持ち方や学びの深さも大きく変わるのではないでしょうか。持続可能都市戦略室への取材で、吉岡さん達から「大学は敷居が高い」という意見も聞いていましたが、専門家と行政間でのコミュニケーションの取りづらさという課題を乗り越え、専門家と市民がつながることが必要だと考えられました。

【専門家も参加したコミュニケーションを始めることが大事】

「それほんとなの?」と思ってしまうような情報があふれているSDGsですが、それだけ人々の関心が高いとも捉えられます。専門家がその興味に応えなければコミュニケーションは始まりません。間違った知識を広めないためには、SNSの投稿内容ではなくて、そもそも専門家も参加したコミュニケーションが始まっていないことを見直す必要があるのではないでしょうか。

専門家の中には研究者も含まれます。研究者にとっての一番の発信媒体は論文ですが、投稿してもアピールのようだからプレスリリースはしない、投稿できるほどの確証がない情報は発信しない、という研究者も多くいます。そういう立場や考え方の違いがコミュニケーションを滞らせる大きな原因になっているのかもしれません。でも、専門家だけがコミュニケーションの始まりの全てを担う必要はありません。つくば市が間に入っているように、サイエンスコミュニケーターという役割があります。専門家と市民をつなぐ役割を担う組織や人材が、今、必要とされているのではないでしょうか。

【レポート】時代の風景に温かさ ―手描き地図の職人宮坂和人先生の歩む道―

2022年6月14日 14時20分

時代の風景に温かさ ―手描き地図の職人宮坂和人先生の歩む道―

生命地球環境研究群 地球科学学位プログラム 王 会一

立ち止まり、行きたい場所を電子マップで検索する。歩きながら、行く場所へのルートを画面上で確認する。いつの間にか、私たちは広い世界にある細かい街道のすべてを簡単に知ることができるようになった。これをもたらしたのは、コンピュータの出現とその広がりであった。かつて紙とペンで描き上げられた手描き地図は伝統的で保存価値のある単なる資料となり、非常に珍しくなりつつある。

そうした中、急速に変化する時代の波の中で歩く速度を落とし、筑波大学地理学研究グループの技官であり、「手描き地図の職人」である宮坂和人先生は、まだこのような素朴な作図に没頭している。なぜ手描き地図にこだわり続けるのか、どんな工夫があるのか。宮坂先生の職人技の魅力に迫った。

温かさを伝える~なぜ手描き地図なのか

コンピータで作る地図と手で描く地図はどこか違うのか?宮坂先生に問うと、「温かさ」という答えが返ってきた。

早速先生に同じ地域とテーマを表現するコンピュータ地図と手描き地図をそれぞれ1枚見せていただいたが、一瞥して手描き地図も印刷されたように描かれ、両者に大きな違いを発見できなかった。さらに読み比べたところ、黒白のモノトーンであっても記号を重ねることによる色の濃淡があり、情報量の多い場所がより重点的に表現される分、手描き地図の方が製図者の工夫が一目瞭然で、鮮明な彩色のコンピュータ地図に太刀打ちできるように思われた。

つまり、描き地図の製図者は自分の手で思いを込め、地図という作品で様々なコンセプトを読者に伝えられるうえ、読者の方も、情報だけでなく、一枚一枚の地図で微妙に異なる線の引き方や記号のデザインから、何か深層的な理解を得られるのではないだろうか。

コンピュータ地図と違い、手描き地図は伝えるものを創造する中で微妙な差異が出やすい。たとえば、空気の湿度により紙が丸まったり縮んだりして画図のずれが出ることがある。これを防ぐため、宮坂先生の工房では、いつも加湿器が稼働している。できる限りの対策をしている現場だが、万が一インクの染みや濃淡が生じた場合も、それは地図に人間味をもたせ、作図の現場を思い起こさせるような「面白い」変数ではないだろうか。

このように完璧な地図の作成をめざす中での工夫を紙に残すことが、手描き地図の「温かさ」であろう。この温かさあるからこそ、宮坂先生は大学時代から手描きを始め、40年を越えた今もこの仕事を続けているのである。

「真実」を記録する~何を描写するのか

コンピュータ地図が君臨する今の時代、手描き地図の需要は大きく減り、学術と教育が主な用途である。現在宮坂先生は、筑波大学の地域調査の中で実施される土地利用調査のための、長野県と茨城県を中心にした各地方の土地利用図の製図に主に力を注いでいる。学生の調査結果がより有意義になるように、調査研究の完成度をさらに高めるための手間を惜しまず地図を作成している。

こういった学術研究用の「作品」を一枚一枚よく見ると、地域それぞれの特質が浮き上がり、地理学における極めて重要なキーワードである「地域性」を視覚的に読み取ることができる。一筆一筆、細かいところまで丁寧に描き上げ、地域の特徴をなるべく直観的に表現するという、手描き職人ならではの技である(写真1)。

写真1 土地利用図を製図中の宮坂先生

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例えば工場が多い地域の場合には、従来のような黒ベタの描き方では地図が暗く重い感じになる恐れがある。宮坂先生はこのようなことを予想しつつ、描く前に各部分のデザインを考える。工業用地に使われる記号の太線の太さを変えたり、太線と細線の間隔を変えたりすれば強いと同時に少し柔らかい表現にもなり、地図全体のバランスを取ることができる。製図者のセンスにもよる小さい調整であっても、読者の不快感を少しだけ軽減し、読み取る効率を上げることができるので、手描き地図は常に柔軟かつ適正な表現力で地図の世界に独自の価値を与えている。

唯一無二のその場所の様子を地図の向こうに伝えようとする宮坂先生は、私達が生きているこの時代の「真実」を記録しているのであろう。

手描き地図を守り続ける ~何ができるのか

1990年代までそれほど珍しくなかった手描き地図は、より効率的なコンピュータを使った製図に押され、もはや残された芸術のようだ。現在の日本で、表立って活躍している職人は、ほぼ宮坂先生一人しかいないという。

そして、手描きはデジタル化の恩恵を受けながら存続している。コンピュータで多様な操作ができる衛星画像などを含むビッグデータを使い、より正確な手描き地図が作れるようになっている。一方、手描き地図もデータベースの一部になりデジタルの世界に貢献しつつある。2019年には、筑波大学地理学研究グループが、宮坂先生の土地利用図をセレクトして高精細画像を作成し、解説文も収録した作品集を出版、ホームページも立ち上げ、大切な資料と作品を時空間を超えて残すことができた。

なお、手描きする際に出番の多い先生の道具もいくつか触らせていただいた(写真2)。図面を汚れずに平行線を引くときに使うハッチ定規や、円滑な曲線を描くときに使う回転烏口、平行した曲線を描くときに使う双頭回転烏口、インクでも消せる砂消しゴムと図面を傷つかずにゴムカスを掃除できる羽扇などの道具が先生の工房に納まっている。万年筆に見えるようなペン先を違う長さで削り、自分の需要に応じて異なる太さの線を引けるような道具を作ることもあるという。

写真2 宮坂先生の製図用の道具(一部)。

左上から時計回りに、双頭回転烏口・回転烏口、ハッチ定規、ゴムカス羽扇・砂消しゴム、普通のペン先・削ったペン先2

みんなで地図に多様性を込められたら

緩やかな時間の流れの中で、宮坂先生は時代の風景を地図に描き、図面を介して私たちが生きている時代の多様性を温かく伝えようとしている。変わらぬものがある中で、変わりゆくものもあるという「不易流行」が宮坂先生の歩む道で見える風景であろう。

手描き地図の未来のため、よく多くの人が手描き地図を知るための入門書として、先生は浮田典良先生らの著書『地図表現ガイドブック』(ナカニシヤ出版発行)を紹介してくださった。この本を読めば、地図作成の原理からその応用まで理解できる。この先、興味関心のある人々が少しでも増えたら、昔のように手描き地図の同好者が集まり、にぎやかな鑑賞会を開催できるだろう。そんな場面を想像して、宮坂先生を始め、かつて手描き地図で仲間たちと地理学を学んでいた地理学の先生たちは涙ぐんでいるかもしれない。

新規履修生を対象にオリエンテーションを開催しました!

2022年6月1日 13時30分


5月25日水曜日に新規履修生を対象としたオリエンテーションをハイブリッド形式で開催しました。
自然保護寄附講座教職員の他、今年度の新規履修生28名が対面およびオンラインで参加しました。
また昨年度履修生となった先輩も参加してくれました。
これから一緒に学ぶ学生同士のよい初顔合わせの場となりました。

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