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【インターンシップレポート】公益財団法人日本自然保護協会(深澤 春香)

2023年3月16日 11時58分

生命地球科学研究群 地球科学学位プログラム 深澤 春香

私は、6月から 8月にかけての14日間、 SOMPO環境財団が実施しているCSOラーニング制度を利用し、公益財団法人日本自然保護協会(以下、NACS-J)にてインターンシップを体験させていただきました。

インターンシップは、テレワークと事務所出勤を併用した形式の実施で、主にモニタリングサイト1000里地調査に関わらせていただきました。この調査は、市民調査員の協力を得ながら100年の長期にわたり里山の変化を把握し、生物多様性の保全施策に役立てるNACS-Jと環境省の共同事業です。私は、新規調査サイト募集の広報補助や、市民調査員の方へ向けた調査データの入力マニュアル作成を体験させていただきました。

なかでも印象に残った業務は、広報の一環として取り組んだ、新規サイト募集のオンライン説明会です。この説明会では、既に調査に参加している市民調査員の方から活動報告があり、調査体制やデータの活用、さらには高齢化という課題まで、現場の実情を知る機会となりました。講義だけでは得られなかった現場の視点を新たに得ることができ、大きな学びとなりました。

最後にこの場を借りて、NACS-Jのみなさまをはじめ、このような機会を提供してくださった方々に感謝申し上げます。

モニタリングサイト 1000 里地調査新規サイト募集説明会に向けたスタッフミーティングの様子。中央が筆者。

写真 公益財団法人 日本自然保護協会

【インターンシップレポート】特定非営利活動法人森づくりフォーラム(松田 森樹)

2023年3月16日 11時43分

生命地球科学研究群 生物資源科学学位プログラム 松田 森樹

私は SOMPO 環境財団が実施しているCSO ラーニング制度を利用して、NPO 法人森づくりフォーラムでのインターンシップを行いました。森づくりフォーラムは「森とともに暮らす社会」の創出をめざす市民団体です。主に、森林ボランティア保険など森づくり市民団体へのサポート、フォレスト 21 さがみの森の運営、市民向けの普及啓発活動、森づくりや森林・林業に関する情報提供などを実施しています。

私はフォレスト 21 さがみの森における定例活動の運営サポート、オンラインでの事務作業や普及啓発ウェビナーの運営補助等に携わらせていただきました。

フォレストさがみの森での森づくり活動においては、長期にわたって整備されてきた森林や、季節によって変化する木々の姿から、活動を持続することの大切さや生物多様性について五感を通して実感することができました。また、参加者の方々がとても楽しそうに森林で活動されている様子が印象的でした。情報発信や、それらに対する参加者からのフィードバックからは、自分が想像していた以上の関心が、市民社会から森林に対して向けられていることを感じました。今回のインターンシップは、市民の皆さんの生の声や現場での体験を通して、市民としての「私たち」がどのように森林と関わることができるのかについて考える貴重な機会となりました。機会を与えてくださった皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。

さがみの森の様子

写真 松田森樹

筑波大学創基151年開学50周年事業 筑波大学中央図書館展示

2023年3月7日 16時00分

自然を見る、感じる、記録する

―ナチュラリスト青柳昌宏のスケッチと軌跡―

Watching, Feeling, and Drawing Nature: Sketches and the Life of Masahiro Aoyanagi

東京教育大学農学部で昆虫学を、理学部で生態学を学び、東京教育大学(筑波大学)附属盲学校の副校長として視覚に障害のある生徒への生物の授業方法を開発した青柳昌宏(19341998)のスケッチ展が中央図書館で開催されます。

青柳昌宏は、教育者であると同時に一人のナチュラリストとして、日本で初めて南極のペンギンの生態研究に本格的に取り組み、また日本自然保護協会の理事として、自然観察指導員制度や、からだの不自由な人との自然観察~ネイチュア・フィーリングの創設に尽力しました。

没後25年にあたり、青柳昌宏が東京教育大学時代に残した生物の精密スケッチや、海外調査の際描かれたスケッチ、フィールドノート、附属盲学校時代に開発した教材などを中心に、その足跡をたどります。

 

日時:2023410日~531日(入館無料)

場所:筑波大学中央図書館 ギャラリーゾーン(本館2階)

共催:

筑波大学自然保護寄附講座、人間総合科学研究群世界遺産学学位プログラム、生命地球科学研究群、

生命環境学群、下田臨海実験センター、附属視覚特別支援学校

後援:

公益財団法人日本自然保護協会、ペンギン基金

 

(注)

中央図書館は、コロナウィルスのため、これまで学外者は入れませんでしたが、3月から学外者も入館できるようになりました。

学外者の方は、2階の受付で、展示を見たいと言っていただければ入館できます。

[レポート] 小さな工夫で大きな効果 ~ナッジと行政の今と未来~

2023年3月2日 16時00分

小さな工夫で大きな効果 ~ナッジと行政の今と未来~

人間総合科学研究群 心理学学位プログラム 小林勇登

 皆さんは日々の中で「これよくできてるなぁ」と感じたことはありますか?写真1は,タバコのポイ捨てを防ぐためにデザインされた吸い殻入れです。「世界一のサッカー選手は?」というメッセージの下に,「ロナウド?」「メッシ?」という2つの吸い殻入れがあり,強制されなくても思わずどちらかに吸い殻を入れたくなってしまう仕組みになっています。現在,人間の行動を科学的に分析した理論に基づき,人により良い行動を促す「ナッジ(nudge)」という手法が世界的に注目を浴びています。今回は,このナッジを取り入れた施策を推進しているつくば市に取材し,その未来を考えるために現状を聞きました。

写真1:つい入れたくなる吸い殻入れ

NPO団体hubbubウェブサイトより引用 https://www.hubbub.org.uk/

【世界各地で広がる「ナッジ」とは?】

ナッジとは,直訳すると「そっと後押しする」を意味し,行動科学の知見の活用により,人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする政策手法のことです※1。従来,公共政策の分野では,法規制,経済的インセンティブの付与,普及啓発活動などによって人々に選択を促す手法が多く用いられてきましたが,最近,欧米を中心に政府や自治体がナッジを活用し,人々に公共の利益になる選択を促す動きが広がりつつあります。

日本においても,環境省が日本版ナッジ・ユニットを設置するなど2,その活用が進められています。特に昨今の新型コロナウイルス感染症対策では,人々の自発的な行動変容や対策が求められるため,ナッジへの期待が一層高まっています。しかし,ナッジを活用している地方自治体はまだまだ少なく,活用に至った自治体も手探りの状態が続いているのが現状です。

 

【ナッジを用いた施策で実績のあるつくば市】

そこで今回,令和2年から3年にかけてナッジを活用した取り組みを行い,環境省等が主催する「ベストナッジ賞コンテスト2021」で大賞(環境大臣賞)を受賞したつくば市を取材しました。受賞した取り組みでは,市民に回答を依頼する封筒を郵送した際の返送率を向上させるため,市民を4つのグループに分け,それぞれに異なるメッセージを印字した封筒を郵送してみたところ,「〇年〇月〇日までにご返送ください」と返信期限をはっきり印字したグループで返送率が高くなることが明らかになりました(写真2,図1)。

写真2:封筒に貼る宛名シール下部にナッジを活用したメッセージを印字した。

(つくば市プレスリリースより引用https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000350.000028199.html

図1:動作指示(返送期限)を入れたグループの返送率(52.8)は,メッセージを
入れなかったグループ(統制群)と比べて13ポイント高くなった

(つくば市プレスリリースより引用https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000350.000028199.html

また新型コロナウイルス感染症対策として,来庁者の消毒実施率を上げるための実験も行っています。他の自治体の先行事例やナッジ理論を参考に試みたところ,風除室の消毒台を来庁者の動線上に設置した場合と,警備員による声かけを実施した場合に実施率が高くなることが明らかになりました。

 これらの取り組みの影響について,つくば市役所統計・データ利活用推進室の室長廣瀬勲さんと主任の金野理和さんに伺いました。金野さんは「〔目に見える効果が表れたため〕庁内全体で,ナッジを活用する雰囲気が出てきた」と言います。事例が職員に共有される中で,金野さんや廣瀬さんのようなつくば市の政策イノベーション部が主催するナッジ勉強会の参加者に相談すると解決してくれるようだという雰囲気が出てきたそうです。また,行政文書を作成する際,簡潔さやわかりやすさを重視する意識が生まれてきました。ナッジを取り入れる目的が共有され,職員一人一人の意識が変わっていくことが重要なのだとも考えられます。

 

【ナッジ導入における自治体としての難しさ】

 一方ナッジは,人々の直感的な思考を利用し,対象者に介入を意識させずに行動を促すため,倫理的な懸念もあります。つくば市では,研究における倫理チェックリストを実際の政策現場向けに設計しなおし,細心の注意を払ってナッジの実践を行っているそうです。

 ナッジの効果を適切に評価するには,厳密に介入を行う必要がありますが,特定のグループが不利にならないよう対策する必要もあります。例えば,封筒の返送率についての研究では,印字内容によっては,返送率が低いグループが生じると考えられました。そのため「返送率が低いグループには職員が直接電話する」といった対策を事前に徹底的に洗い出したそうです。

 効果検証の影響は市民だけでなく職員にも及びます。ナッジを用いた何らかの施策の効果を数値として可視化した場合,十分な効果が現れない場合もあります。「もしある施策で効果が無いということがわかったなら,それがわかって良かったね,という雰囲気を〔その部署で〕作っていかなければならない」と金野さんは言います。また効果検証のための数値化には通常業務が増える側面もあるため,職員同士の理解や気遣いがとても重要となります。

 

【日本の自治体とナッジの未来】

 これから先,より多くの自治体でナッジを含めた行動科学に基づく手法の活用が期待されます。その中でまず大事なのは「職員が楽しむことではないか」と金野さんは言います。その方がより柔軟に発想ができ,より良い施策の実現に繋がるでしょう。加えて,課題がまず先にあり,その解決手段の一つとしてナッジが使えることが大切です。廣瀬さんは「ナッジを使うことが目的にならないことが大切」と話していました。

 市民が市役所に相談したいと思っているときに,複雑で分かりにくい手続きが必要であったり,またそもそも市役所で扱ってもらえるのかがわからなければ,問題の解決は望めません。「ナッジの考え方が庁内全体に広がり,〔いろいろな仕組みが〕スッキリすれば,〔市民が〕わざわざ調べず目の前の選択肢を選ぶだけでよくなる」と金野さんはナッジを活用する未来を展望します。

つくば市の職員の方々は,全国の自治体職員の方々と同様、市民の幸せに寄与したいと強く思っています。現在,自治体同士でのノウハウや事例の共有,NPO法人や大学の研究者との協力など,各所の連携が進みつつあります。行政からメッセージがどのように届き,それを受け取った自分がどう行動するのかに注意してみると,自治体職員の方々のアツい思いを感じることができるかもしれません。今後ナッジの活用はさらに広がり,生活の様々な場面で人々を支えるようになるでしょう。

写真3:つくば市役所の政策イノベーション部が主催する「ナッジ勉強会」に参加し,
ナッジの推進を行っている統計・データ利活用推進室室長の廣瀬勲さんと
主任の金野理和さん

※1 環境省HP http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/nudge_is.pdf

[レポート] CO2の300倍の温室効果、N2Oの排出を「団粒」で減らす

2023年3月2日 13時15分

CO2300倍の温室効果、N2Oの排出を「団粒」で減らす

生命地球科学研究群 環境科学学位プログラム 白戸和樹

 写真(図1)のような土の塊を見たことはあるだろうか。至って普通の土の塊だが、これが「団粒」だ。実は、この手のひらに収まる団粒のどこかに、地球規模の課題である気候変動の緩和に寄与する微生物が住んでいる。今回は、気候変動の緩和を目指し、団粒を研究する農業・食品産業技術総合研究機構の がいろうさんに取材を行い、研究についてお話を伺った。

図1 大きな団粒1

n  気候変動と化学肥料の利用から発生するN2O

世界の平均地上気温は、産業革命が始まった18世紀後半から上昇傾向にある。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、こうした気温上昇の原因が、人間活動に伴い排出される温室効果ガス(GHG)であることに疑う余地がないと報告している2。その中で一酸化二窒素(N2O)は、主要なGHGの1つと考えられている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、N2Oは、大気中に長く滞留し、かつ地表から放出された熱を吸収する能力も高いため、CO2の約300倍もの温室効果を有する3

世界の人為起源のN2Oの約6割は農業分野から発生しており、特に化学肥料の使用によるN2Oの発生は顕著だ3。そのため、温室効果ガスの削減には化学肥料の使用に伴い発生するN2Oを抑制することが重要と言われている3

n  N2Oが発生する仕組みとnosZ菌の活用

化学肥料は、食糧の大量生産を可能にした。その反面、余剰の窒素分は微生物反応によりN2Oを発生させることとなった。図2に、農耕地におけるN2O発生の仕組みを示した。

2 農耕地におけるN2O発生の仕組み

NEDO, 2021)を参照し、筆者作成。農耕地に散布された化学肥料など(NH4)は、水に溶けることでアンモニウムイオン(NH4+)に変化する。植物は、このNH4+を養分として吸収するが、即座に吸収するわけではなく、吸収率は多くて約半分と言われている3。余った窒素成分(NH4+)は、土壌中に酸素がある場合には酸素を得て硝酸(NO3-)に向かい(硝化反応)、酸素がない場合には硝酸から酸素が奪われ窒素(N2)に向かう(脱窒反応)3。この2つの反応は、実際には一連の酵素反応であり、それらの酵素を持つ特定の土壌微生物グループ(硝化菌、脱窒菌)によって引き起こされる。N2Oは、硝化反応・脱窒反応の両反応において発生し、硝化反応においては、副産物としてN2Oが生じる。一方、脱窒反応では、反応の途中でN2Oを経由することが知られており、この時、環境変化(例.降雨)によりNO3-N2Oを担う微生物活性がN2ON2反応を担う微生物の活性を上回る場合、N2Oは大気中に放出される。

 農耕地に散布された化学肥料など(NH4)は、全て植物に吸収されるわけではなく、吸収率は多くて約半分と言われている3。余った窒素成分は、土壌中で、硝化反応により硝酸(NO3-)、または脱窒反応により窒素(N2)に変化する3N2Oは、この両方の反応の中で生じるが、多くは後者に由来するため「ターゲットは脱窒過程」と和穎さんは話す。脱窒は多くの生化学的反応からなる一連の過程であるが、大きく分けると、NO3-N2ON2ON22つのステップがある。そして、それぞれのステップに対応する酵素を保有する微生物の活性によって反応が進む。この脱窒過程の途中でN2Oを経由するが、環境変化(例.降雨)によりNO3-N2Oを担う微生物活性がN2ON2反応を担う微生物の活性を上回る場合、N2Oは大気中に放出される。よって、N2O削減のためには、N2ON2に還元する微生物が、土壌中で活発に働くことが求められる。

そして、近年の研究により、N2ON2に還元する微生物として、「nosZ菌(ノスゼット)」と呼ばれる微生物の一群が存在することが分かってきた。nosZ菌は、「nosZ」と呼ばれるN2ON2に還元することのできる遺伝子を持つ微生物の一群であり、クレードIとクレードIIに分かれる(表1)。特に、近年発見されたばかりのクレードIIは、N2ON2に転化する能力に長けており、かつ、その多くはNO3-からN2O を作ることはしないため、nosZ菌のクレードIIを農地に添加し、N2Oを迅速にN2に還元することでN2Oの発生を抑制できるのではないかと期待されている。しかし、和穎さんは、そう簡単でないと話す。

1 nosZ菌のクレードIとクレードIIの特徴

 

NO3-からのN2Oの生成

N2OからN2 への転化

クレードI

N2Oを作る

N2転化する

クレードII

N2Oを作らない

N2に転化する

 

土壌では、多様な微生物が戦いあい、また共生している。スプーン1杯の土の中に、およそ地球の人口と同じ数の微生物が住んでいるという。人間が、人間の何らかの目的にとって良い菌を見つけてきて土壌に入れたとしても、在来の菌がたくさんいるため、すぐに淘汰されてしまうそうだ。在来の微生物がひしめき合う実際の土壌で、特定の微生物を生存させ、かつ、活発に働いてもらうことがこの課題の非常に難しいところだ。その解決策として、和穎さんのチームは、nosZ菌の生息環境の解明とnosZ菌が自然土壌で淘汰されずに活動できる住処となる「人工団粒」の作成に取り組んでいる。

 

n  土壌環境及びnosZ菌の生息環境の理解

一口に土壌といっても、その母材や地形、そこに住む生物や気候条件、経過した時間は土壌ごとに様々で、その物理構造や化学的な環境も多様だ。更に、nosZ遺伝子を持つ菌にも多様性がある。そのため、同じ量の化学肥料を入れても、土壌によって図2のどの矢印がどれほどの速さで働くかは大きく異なると和穎さんはいう。よって、土壌環境自体を丁寧に理解しないと、nosZ菌を生存させることも、活発にパフォーマンスさせることも難しい。また、土壌環境の理解だけでなく、nosZ菌の生息環境の解明、つまり、nosZ菌が土壌のどこに住んでいて、そこはどういった環境なのかを明らかにすることも並行して進めている。

nosZ菌は、酸素の少ない環境で起こる脱窒反応の一過程を担っている。そのため、nosZ菌の生息箇所を見つけるには、まず、脱窒反応が起きている箇所、つまり、土壌中で嫌気的になりやすい場所を知る必要がある。そして、土壌中で嫌気的な条件が生じやすい場所の1つが「団粒」の内部だという。

団粒は、その外側と内側に無数の多様なサイズの間隙を持つ1。一見、中身が詰まっているように見える団粒の内側には、無数のトンネルが存在するのだ(図3)。このトンネルは、mm単位から1000分の1mm単位のものまである。サイズの大きなトンネルは通気性・通水性が良いかもしれないが、サイズが小さいトンネルや行き止まりになっている箇所には、嫌気的な環境が生じやすい。また、団粒に住む微生物の9割以上は従属栄養生物であり、炭素をエネルギーにして、酸素を使って呼吸している。酸素を消費する微生物が大半を占めるため、団粒の内部は酸素が少ない嫌気的な環境ができやすいという。

nosZ菌の生息環境の解明には、まず、団粒内部で脱窒反応が起こっている場所を見つけ出し、さらに、その中でnosZ菌が生息する場所を突き止める必要があるが、これはなかなか想像がつかない作業だ。そこで、団粒を地球に、微生物を植物に例えると理解の助けになる。この比喩で説明すると、団粒の中からnosZ菌の生息環境を見つけることとは、地球全体から極めてユニークな機能を持つ植物の集団、例えば、ブラジルのアマゾン川のような熱帯の大きな河川流域の池のほとりにしか分布しないシダ植物の一群を見つけるような作業と同様だ。実際、和穎さんたちは、自然土壌に存在する団粒を採取し、その内部をXCTで観察したり、団粒を異なるエネルギーで解体し、パーツごとの環境を観察・測定したりすることでnosZ菌が好んで生息する環境の特徴の解明を進めている。

3 X線コンピュータートモグラフィー(CT)により可視化した団粒(直径5mm)の内部構造

団粒全体(左)と切断面(右)の画像。切断面中の黒い部分が間隙(ポア)。団粒内部に無数の間隙が存在することが分かる1

n  「人工団粒」の作成

 団粒内部でnosZ菌の生息場所を突き止め、その環境の特徴を解明するだけでも難題であることは言うまでもないが、和穎さんたちはさらに、その環境に学び、似たような環境を人工的に作り出す「人工団粒」の作成にも取り組んでいる。

団粒は、主要な構成物質である鉱物粒子が、少量の有機物やその他の接着物質により結合され、形成されている4。そのため、和穎さんたちは実際に、土壌の母材となる岩石を粉砕した鉱物と、鉱物同士を結合させる際に重要となるいくつかの接着物質を用い、人工団粒を作成している。人工団粒は原則無菌状態で、まずは、そこにnosZ菌を住まわせ、彼らがその環境でどれくらい繁栄し、N2ON2反応を進めることができるかを見るという。人工団粒の中で、nosZ菌がある程度繁栄することができていれば、その人工団粒を自然土壌に撒き、在来菌が団粒に侵入してきたとしても、淘汰されずに生き残れる可能性が高まると期待しているそうだ。そして、nosZ菌が人工団粒に定着し、自然環境においても長いあいだ生き残ることができれば、これを化学肥料投入後の農地のようなN2O発生のホットスポットに撒くことで、N2O発生を抑制できる可能性があるということだ。

 

n  自然土壌という難しさと展望

 和穎さんたちの研究は、nosZ菌が持つN2ON2に還元する機能を、“実際の土壌環境で”発揮させることを目指している。微生物の機能や生み出す何かを、無菌状態の工場で工業化するといったことは、例えば、食品や医薬品に用いられるビフィズス菌などで既に行われている。しかし、微生物の多様性が極めて高い自然土壌で、特定の微生物の機能を高めることは非常にチャレンジングだ。ただし、本研究のnosZ菌の定着を可能にする人工団粒作成の取り組みが成功すれば、例えば農薬分解菌など他の機能を持った菌についても応用できる道が開けるだろうという。この研究がうまくいけば、そういった幅広い展開が期待できることをモチベーションにしていると和穎さんは話す。

最後に、和穎さんに「土壌を研究する面白さ」を聞いた。「土壌学は、サイエンスとして途方もない複雑さがある面白い対象。生物学、化学、物理学、地学の知見を総動員しないととても理解できない。だから知的好奇心が尽きない。そして、土壌は、人間の食や環境問題と密接に結びついている。食糧『生産』だけでなく、物質の『循環』や『分解』も含めた地球環境を考えなければならない現代に、土壌をどう保全・管理・利用していくかは、非常にプラクティカルな問題。そういった実学的な意味でも非常にやりがいを感じている」。

()(がい)(ろう)()さん

農業・食品産業技術総合研究機構

農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域

上級研究員

 

参照文献

1. 和穎朗太 (2021), なぜ黒ボク土?それを支えるマトリョーシカ的構造とは?,

https://dsoil.jp/cool-earth/column/detail/---id-52.html (2022121日最終閲覧)

 

2. IPCC (2021), Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 332, doi:10.1017/9781009157896.001.

 

3. NEDO (2021), 温室効果ガスN2Oの抑制分野の技術戦略策定に向けて,

https://www.nedo.go.jp/content/100934250.pdf (20221115日最終閲覧)

 

4. dSOILWebサイト, 土壌構造と微生物生存の解明, https://dsoil.jp/project/task1/ (20221115日最終閲覧)