お知らせ News

【平成29年度履修生募集】説明会のお知らせ

平成29年度自然保護寄附講座の履修をご検討中の方や、少しでもご興味のある方は、ぜひご参加ください。
全研究科が対象になります!
ご不明な点がございましたら、お気軽にお問合せください。

絵文字:鉛筆説明会開催日程絵文字:鉛筆
①日時:2017年4月13日(木)17:00~18:00
   場所:人文社会学系棟B218号室
②日時:2017年4月14日(金)17:00~18:00
   場所:人文社会学系棟B218号室
※①、②の内容は同じです。どちらかご都合のよい方を選んでご参加ください。
※説明会は自由参加です。予約は必要ありません。



チラシはこちらからダウンロードできます。
現時点でのカリキュラムもご確認いただけますので、ぜひご覧ください。
自然保護寄附講座履修生募集チラシ(日本語).pdf
自然保護寄附講座履修生募集チラシ(English).pdf

第5回自然保護セミナーが開催されました!

今回は、インターンシップ報告会と学生ミニスピーチです。みなさん、はつらつと発表され、会場は和気あいあいとした雰囲気につつまれました。

 

<インターンシップ報告>


トップバッターは、環境省でインターンシップを行った近藤さん、牧野さんです。希少種の保全の現場や、富士箱根伊豆国立公園でのレンジャー業務体験について紹介してくださいました。環境省で働いていくには、法律に関する知識やコミュニケーション能力、そして体力(?!)が必要とのお話しでした。



アカガシラカラスバト(近藤さん撮影)


次は、日本野鳥の会に行かれた周さんです。3つのサンクチュアリーをめぐるという大変、貴重な体験をされました。レンジャーの方と、地元の方々とが協力しあいながら保護管理をしていくことの大切さを強く感じられたそうです。



 
北海道鶴居村の風景(周さん撮影)

タンチョウが映っているの、わかりますか?

※周さんのレポートはこちらからも見ることができます。
【レポート】日本野鳥の会インターンシップ


スイスのIUCN本部に6か月のインターンにいかれた太田さんです。世界遺産委員会の準備や、ハワイで開催された世界自然保護会議への参加など、言葉では言い表せないほど貴重な体験をされたそうです。全て英語でのインターンシップ、お疲れ様でした!



世界遺産プログラムのチームの皆さんと

※太田さんのインターンシップレポートはこちらです。
【レポート】世界自然保護連合(IUCN)インターンシップレポート

トヨタ白川郷自然學校でインターンを行った李ショウカンさん、李ジョテイさん、森山さん、王さんからは、エコツアーの補助や、子供たちと合掌造りを建てた体験などをうかがいました。毎日のご飯がとてもおいしかったそうです。美しい白川郷の写真から、とても楽しく、充実したインターンであることがわかりました。




  
キャンプの補助活動

子供たちとの合掌づくり体験


WWFにインターンに行った福井さんは、メコン地域のデスクトップリサーチの様子や、パンダのロゴマークの歴史について話をしてくれました。もう1名、インターンに行っている松日楽君とともに、刺激に満ちたインターンシップとなったようです。



おなじみ、WWFのロゴマークです(福井さん撮影)

IUCN日本委員会にインターンにいかれた牧野さんからは、メキシコで開かれたCOP13(生物多様性条約第13回締約国会議)に参加した様子が報告されました。生物多様性という言葉が様々な観点から議論されていたことに驚かれたとのことです。まさに現場ならではの体験ですね!



メキシコでのCOP13の様子(牧野さん撮影)

最後に、小川さん、泉水さんから、株式会社CTIアウラでのインターン体験の報告がありました。ドローンを使った調査体験や、水生昆虫のソーティング、ブナ林の調査など、現場感たっぷりのインターンだったようです。スライドの写真に、わたしも思わず引き込まれてしまいました。



水生昆虫(泉水さん撮影)


みなさんからは、単にどんな内容であったか、というだけでなく、そこから感じたこと、考えたことをたくさん聞くことができました。お忙しいなか、インターンシップにご協力をくださった各団体の皆様にはこころより御礼申し上げます。

自然保護寄附講座では、インターンシップを奨励しています。学生のみなさん、これからもどしどしインターンシップにチャレンジしてください!


<ミニスピーチ>

 

インターンシップ報告のあとは、自然保護セミナー受講生による2分間ミニスピーチ大会です。これは本当に盛り上がりました! 研究や就職活動で忙しくなる学生さんも多いと思いますが、サーティフィケート目指してがんばってください。


佐伯

 

【レポート】世界自然保護連合(IUCN)インターンシップレポート

世界自然保護連合(IUCN) インターンシップレポート

 

太田早耶

筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻

 

The report on my internshipat IUCN

 

SayaOta

World Heritage Studies,Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba

 

 

私は今回、自然保護寄附講座のご支援のもと、世界自然保護連合International Union for Conservation of Nature (以下IUCN)の世界遺産プログラムで半年間のインターンシップを行ってまいりました。IUCNの本部はスイスのジュネーブ近郊の町、グランにあり、本部で働く200300人のうち、世界遺産プログラムには6名の方が所属していらっしゃいます(図12)。私がお手伝いさせていただいた主な業務は、世界遺産委員会の準備と世界自然保護会議の準備の2つに分かれるため、以下、それぞれについて業務内容と感想を簡単に述べさせていただきます。

 

1. 40回世界遺産委員会の準備

  今年の世界遺産委員会は7月半ばにトルコのイスタンブールで行われました。情勢不安のため、残念ながら私は会議自体には出席できませんでしたが、事前準備の方に携わらせていただきました。私がお手伝いした業務は、評価書の生物名のチェックや、IUCNメンバーへのニュースレター、各国使節への手紙の作成の手伝いなどに加え、メインの業務として、第40回世界遺産委員会の概要の作成と、サイドイベントの管理があります。概要に含まれる内容は、会議のプログラムや、どの資産が議論され、誰がいつ演台に立つかという業務に関わることから、イスタンブールの市内交通や空港の情報等一般的な事まで多岐にわたります。サイドイベントは、会議の合間に諮問機関等によって行われるイベントで、IUCNでもいくつかイベントを開催することを決定し、私はその取りまとめと管理、ICOMOSのサイドイベントの担当者の方と連絡を交わして、プログラムの調整を行いました。

実際に会議に行くことがかなわず、委員会の雰囲気を肌で感じることができず残念でしたが、世界遺産委員会のための業務に携わらせていただくことで、諮問機関がどのように会議に向けて準備を進めているのか、世界遺産に関してIUCNの中で何が話し合われているのかについてふれることができ、大学の授業で学んだことの現実の場面を見るという、大きな経験を得ることができたと思います。

 

2. 世界自然保護会議の準備

  世界自然保護会議World Conservation Congress4年に一度IUCNによって開催される、自然保護に関する最も大規模で重要なイベントのひとつです。IUCNのメンバーのみならず、世界中から環境保護や自然資源の管理・利用などに携わる方々が参加し、前半のフォーラムでは多種多様なイベントが行われ、後半の総会ではIUCNの方針について議論が交わされます。2016年の開催地はアメリカのハワイ州ホノルルでした(図3)。

 私は主に、世界遺産プログラムのチームが主催するWorld HeritageJourneyNature-Culture Journeyのお手伝いをさせていただきました。各Journeyの中にたくさんの、それぞれのテーマに関わるイベントがあり、イベントごとに責任者や話し手がいます。私はこれらのイベントのためのリストの作成や更新、またイベント関係者の連絡先の管理を行いました。他の仕事としては、Nature-Culture Journeyのために作られたグループサイトの更新や、イベントのフライヤーの作成、ハワイへの配送の準備などがあります。特に印象的だった業務は、Nature-Culture Journeyのために缶バッジをデザインし、イベントで関係者の皆さんに配布したことです(図4)。私がデザインしていいのかと最初は戸惑いましたが、現地で缶バッジを受けとった方が喜んでくださったり、デザインを褒めてくださると、私もとても嬉しくなり、やりがいを感じられました。現地ではイベントの手伝いや、チームが関わるイベントの情報更新等を行いました。フォーラム開催中はまた、これら二つのJourneyのイベントも多く開催されるProtected Planet Pavilionのお手伝いもさせていただき、会場設営や整備、イベントの調整を行いました(図5)。

 準備段階から関わらせていただいていたものが、実際に現場で運営されていくのを見るととても感慨深く、私がお手伝いしたのが小さなことではあっても、IUCNのチームの一員としてこの大規模な会議に貢献できたのだと思うと、喜びと同時に達成感を得ることができました。忙しくて目が回りそうなこともありましたが、興味のあるイベントの見学や、会場内の散策の時間もいただき、様々な形で自然に関わる、世界中から来た方々の熱気のようなものを直に感じられ、またそのような方々とお話しできたのも、本当に貴重な経験のひとつです(図6)。

 

3. 感想

 社会で働くこと、こんなにも国際的に多様な場に身を置くこと、そのどちらもが私にとっては初めてのことであり、壁にぶつかったり心が折れそうになった回数は数えきれません。しかし同時に全てが新鮮で、面白く、興味深く、落ち込んでいる暇がないくらいだったこと、そして周りの方々が本当に優しく私を受け入れてくださったことが、この半年間を、私の人生でも最も有意義で刺激と発見に満ちた時間のひとつにしてくれました。このような機会を私に与えてくださった先生方、応援してくれた家族や友人、そしてこの半年の間にスイスやハワイで出会うことができた素敵な方々に、心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。


図1. IUCN本部エントランス(以下図15:撮影:太田早耶)


2. 世界遺産プログラムのオフィス

3. 会場


4. 缶バッジのデザイン画



5. Protected PlanetPavilion


6. 世界遺産プログラムのチームの皆さんと(撮影:不明)

【レポート】第2回「カラクムル・フェスト」開催

 自然保護寄附講座では、今年度から「サイエンティフィックジャーナリズム」という新しい講義を立ち上げました。これは、学生たちが思い思いにテーマを選び、自ら取材を行って、その内容を記事にまとめるというものです。記事の書き方は、プロのサイエンスジャーナリストの方にご指導をいただいています。本講義を受講された渡辺さんのレポートを紹介します!

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メキシコで新しい音楽祭 第2回「カラクムル・フェスト」開催
〜マヤ系先住民言語でラップ!民族の誇りを現代音楽で歌う若者たち

人間総合科学研究科
世界文化遺産学専攻2年次
渡辺裕木

 2016年10月下旬、メキシコ・ユカタン半島カンペチェ州の片田舎で、第2回「カラクムル・フェスト」が開催されました。これはその名の通り、世界複合遺産カラクムルの熱帯保護林に散らばる6つの共同体(村)を会場に、地元の人々が主体となって開かれる音楽の祭典です。観光客が訪れる事もない森林地帯の奥深くに点在するこれらの共同体では、豊かな自然に囲まれているものの人々の生活は貧しく、同じユカタン半島でも、カリブ海に面したリゾート地カンクンなどとは対照的な、時代を遡ったかのような光景が広がっています。





 この地域の住民の大半を占めるのが、古代マヤ文明を築いた人々の末裔であるマヤ系先住民で、彼らは貧しさゆえに、昔ながらの生活様式を、例え不便であっても継承するしかない一方で、美しい文化、守るべき伝統を楽しむ余裕はありません。このような状況を打破する新しい取り組みの一つとして、一昨年、NGO団体「マヤ荘園基金(Fundación Hacienda del Mundo Maya」)」は、同地域の文化の真価を住民ら自身が再確認できる場の創造を目指し、第1回「カラクムル・フェスト」を企画しました。本稿では、昨年秋に開催された第2回同イベントの様子を、同地域の歴史などの背景を交え、文化人類学の視点からレポートします。

歴史や文化を表現する歌や踊り~第2回「カラクムル・フェスト」の演目
第2回「カラクムル・フェスト」では、地元カンペチェ州の出身者を中心とするプロ或いはアマチュアのアーティストらが、メキシコ各地の民族舞踊や伝統的な楽器の演奏、古代文明の儀礼を再現した踊り、民謡を現代風の音楽にアレンジしたものなどを披露し、メキシコ文化の多様性が表現された音楽祭となりました。出演アーティストは、まず実行委員会が出演希望者を募り、作品に攻撃的な歌詞などを含まない事、オリジナリティーと創造性に優れている事を基準として絞り込んだ後、共同体の人々の意向が強く反映するオーディションによって選ばれました。音楽祭の目的の一つは「ムンド・マヤ(マヤの世界)」と呼ばれる同地域の文化の、住民自らによる再認識、再評価ですが、同地域の先住民族共同体の中には、メキシコ国内の別の地域の先住民の移住により形成されたものもあり、したがって同音楽祭の演目も、マヤ系先住民文化に関連があるものばかりではありません。長い時を経て、良くも悪くも折衷や変化を遂げた現在のメキシコ先住民族文化の、率直な表現の結集と言えるプログラムだったのではないでしょうか。


マヤ語ラッパー、パット・ボーイの登場
今回の出演者の中に、音楽祭の音楽監督の推薦により出場が依頼されたパット・ボーイというマヤ語とスペイン語のバイリンガル・ラッパーがいました。現在19歳のパット・ボーイは、未だに多くの村民が日常的にマヤ語を話す共同体の一つで成長し、若干12歳でマヤ語で歌うレゲエ歌手の影響を受け、また、マヤ語には韻を踏む要素が多いと気付いた事から、自らが作ったマヤ語のラップを歌い始めました。
パット・ボーイの作品は民族音楽を古臭く感じている若者たちにも受け入れやすいようで、徐々に広い範囲で認められつつあります。今回の舞台では、カンペチェ・シンフォニー・管弦楽団と競演し、「ムンド・マヤ」への憧憬の気持ち、自分たちが受け継ぐマヤの血の誇りを歌いました。彼のパフォーマンスは音楽祭を多いに盛り上げ、第2回「カラクムル・フェスト」のハイライトとなりました。



メキシコ文化の多様性と先住民問題
ところで読者のみなさんは、「メキシコ」という国名にどのようなイメージを持っていますか?色彩の豊かな町並みや民族衣装、サボテンのある風景、サッカーやボクシング、古代文明の遺跡、面白い所では「アメリカ映画で犯罪者が逃げて行く国」として記憶している人もいるかもしれません。このようなイメージの多彩さは、メキシコが辿ってきた歴史と、そこから生まれた文化の多様性に端を発するもので、この国の最大の魅力の一つです。
 今から三千年以上前から、天文学や建築学に優れた数々の文明が興亡を繰り返した地、メキシコは、16世紀、スペインに征服されました。しかし先住民の人々は、植民地支配の下、社会的に不平等な立場に追いやられつつも、宗主国スペインの文化を吸収し、新しい文化を育んだのです。例えば今なお一部の先住民族が継承する民族衣装や、聞く者にエキゾチックで独特な印象を残すフォルクローレ(ラテンアメリカの民族音楽)は、先スペイン期(スペイン人が入植する前の時代)のセンスと、欧州の服飾文化が融合して生まれたものです。
19世紀に入ると、約300年間に及ぶ植民地支配はようやく終わり、メキシコの近代国家としての発展が始まりましたが、先住民の社会的地位の低さや貧困はなかなか改善されず、不平等な制度や政策に尊厳を傷つけられた先住民が武装蜂起し、地域によっては内戦状態に陥るほどでした。特に「カラクムル・フェスト」が開催されたカンペチェ州を含むユカタン半島全域では、中央政府の締め付けに反発した先住民族を中心とする地域住民によって、分離独立を主張する運動が起こり、対立し合う社会層それぞれがアメリカやイギリスに援助を求めた為、一時期は欧米列強も巻き込んだ紛争にも発展しました。このような歴史のある地域で、先住民自身の意識を大切にした「カラクムル・フェスト」のようなイベントが企画される事には、非常に大きな意味があると感じます。その後1910年に勃発したメキシコ革命の影響で、ようやく先スペイン期や先住民の文化に対する前向きな評価が出始め、新憲法の定めるところにより、種族による差別も形式的には撤廃されました。しかしそれから1世紀が経とうとしている現在も、差別に根ざした貧困や、それに関連して生じる教育問題などが解決されないまま残り、メキシコの先住民問題の決着は今なお遠いところにあります。

NGO団体「マヤ荘園基金」の取り組み
 「カラクム・フェスト」を主催するマヤ荘園基金(2002年設立)は、マヤ地域の文化的建造物である荘園建築を利用した、90年代の観光開発事業から発展したものです。世界複合遺産にも認定されたカラクムル周辺の自然と文化を、基金は設立以来ずっと有意義に活用してきました。
 この地域の貧困問題を解決に導く取り組みを行っている基金では、先住民に自然環境への理解を深めさせることで、保全と活用の工夫を促す啓蒙活動や、伝統技術を継承する民芸品作家の活動の場を広げる企画などを実施してきました。活動に共通する特徴は、外部から資源や人材を導入して先住民を「働かせる」のではなく、先住民が自分たちの守るべき自然や文化を理解し、自主的に経済活動にも繋げていく事のできる知識や技術をトレーニングしている事です。「カラクムル・フェスト」でも、基金の協力は一時的なものと想定されており、近い将来共同体の人々自らがイベントを全て管理、運営する事が期待されています。


おわりに
根が深く複雑なメキシコの先住民族問題は、今日でも日常的に報道される各地の抗議行動などからうかがい知る事ができます。国の政策にも希望が見えず、暗澹とした気持ちにさせられます。しかし、今回取材した、「マヤ荘園基金」の地域に根差した活動は、久しぶりに聞いた明るいニュースでした。先住民自身の啓蒙を目的とする「カラクムル・フェスト」では、差別や貧困を憂うに留まらず、先住民文化の魅力を積極的に発信しており、パット・ボーイらマヤ文化の新しい発展を担う若者たちも登場しています。
パット・ボーイのラップは、マヤ語の歌詞に多少のスペイン語表現を混ぜる事で、彼のマヤ文化に対する愛情や敬意を豊かに表現しています。これは、メキシコ国内の少数民族言語話者が5年毎に約10%の割合で減少している中、マヤ語を「生きた言語」として継承するユニークな民族文化活動です。興味深いのは、素顔のパット・ボーイが若者らしい服装や言葉を使い、肩の力が抜けた率直な受け答えをする青年で、「少数民族の待遇改善」や「伝統文化の保護と伝達」に熱弁を振るったり、役所の建物を囲んでシュプレヒコールを叫ぶ、いわゆる従来の「活動家」のイメージとはほど遠い人物だということです。そんな彼の音楽活動は、型にはまった「無形文化財保護活動」には期待し難い、「現代のマヤ文化」創造の一つの可能性とも考えられるのではないでしょうか。
「カラクムル・フェスト」を含む「マヤ荘園基金」の取り組みを継続・発展させる事ができた時、今後カラクムル周辺の共同体がどのように変わって行くか、他の地域の先住民問題にも良い影響を与えうる活動へ成長する事を期待しつつ、見続けて行きたいと思います。長い歴史を持つ現代のメキシコ先住民族が、現代社会の中で尊厳を傷つけられず生きる為の、また、自分たちへの待遇を改善させて貧困から抜け出す具体的な活動へとつながって行く事を願っています。

【レポート】サスティナブルコーヒーが切り拓く未来の可能性

 自然保護寄附講座では、今年度から「サイエンティフィックジャーナリズム」という新しい講義を立ち上げました。これは、学生たちが思い思いにテーマを選び、自ら取材を行って、その内容を記事にまとめるというものです。記事の書き方は、プロのサイエンスジャーナリストの方にご指導をいただいています。本講義を受講された菊池さんのレポートを紹介します!

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サスティナブルコーヒーが切り拓く未来の可能性

生命環境科学研究科 生物資源科学専攻
菊池 美紗子

 

年間900万トンの生産量を誇り、世界中で愛される嗜好品、コーヒー。

しかし、コーヒーがどこからやってくるのか意識して飲んでいる人は多くはないだろう。コーヒーは、赤道付近に位置する70ヵ国以上の国々の畑からやってくる農作物なのである。

  

左から、コーヒーの収穫風景、コーヒーの実、ハワイのコーヒー農園(筆者撮影)

 

 この数年、日本では「ブルーボトルコーヒー」が上陸したことなどがきっかけとなり、雑誌やテレビでもコーヒーの特集が増えた。コーヒー豆の栽培も注目されるようになり、「サスティナブルコーヒー」という言葉も散見するようになった。直訳すると「持続可能なコーヒー」となるが、一体どういう意味なのだろう。その実態を探るため、2016725日、東京大学で開催された「第47回コーヒーサロン:サスティナブルコーヒーとは何だろうか?」という講演会を取材した。

 

 満員の会場。「サスティナブルコーヒーとは何だろうか?」という、少々難しいテーマにも関わらず、このテーマに対する聴衆の関心の高さが伺えた。

東京大学東洋文化研究所教授の池本幸生氏

 

世界が“持続的な開発”に目覚めるまでの道のり

 講演会ではまず、東京大学東洋文化研究所教授の池本幸生氏が「持続可能な開発とは?」というタイトルで、「持続可能な」「サスティナブル」という考え方の派生や意味、そしてそれに通ずる思想について解説した。

 持続可能な開発という言葉が生まれるより前に、資源の枯渇に警鐘を鳴らした知識人として紹介されたのがバックミンスター・フラーである。フラーは「宇宙船地球号」という言い回しを使い始めた人で、地球を一つの閉じた空間という意味で宇宙船に喩え、有限な化石燃料を消費し続けることの愚かさを指摘した。のちに経済学者であるケネス・E・ボールディングが、フラーの言葉を引いて『来たるべき宇宙船地球号の経済学』というタイトルのエッセイを書いている。

 フラーやボールディングが彼らのオリジナルな思想を展開したのは1960年代であるが、日本でこうした思想が意識され始めたのは1970年代。この頃、日本では四大公害病を始めとした公害が問題となり、また二度の石油危機が起きた。「高度経済成長を遂げた日本で、資源の有限性や環境汚染が強く意識され始めた」と池本氏は考察した。

 次に同氏は、現在でも「持続可能な開発」の言葉の原義として引用されている1987年の「ブルントラント報告書」を紹介した。国際連合の「環境と開発に関する世界委員会」(通称、ブルントラント委員会)1987年に発行した最終報告書であり、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」という概念が書かれている。

 最後に池本氏は、現在世界が取り組んでいる行動指針として「Sustainable DevelopmentGoals(SDGs)」を紹介した。20159月の国連総会で採択されたこの指針は、社会的、経済的、環境的という3つの視点から構成されている。トリプルボトムラインと言われるこの視点は、SDGsだけでなく、フェアトレードラベルやレインフォレストアライアンスなどの認証団体のそれぞれの指針にも採用されているという。

 

()ミカフェート社長の川島良彰氏

 

コーヒー栽培が直面する問題の数々

次に、()ミカフェート社長の川島良彰氏が「サスティナブルコーヒーとは?」というタイトルで、コーヒービジネスにおけるアンサスティナブルな問題について、社会、経済、環境の三つの視点から包括的に解説した。本記事では、経済、環境面での問題について特に着目し紹介したい。

 2001年、コーヒーの取引価格の大暴落が世界中のコーヒー農家を襲った。悲劇の始まりは1997年、コーヒーが投機ファンドの対象になったことであるという。コーヒーは徐々に価格を上げていったが、そのバブルは2001年崩壊し、一時1ポンド318セントまで上昇したコーヒーの価格は1ポンド41セントまで暴落したのだ。

 コーヒー農家は、コーヒーを作っても生活していけない状況に追い込まれ、農園は次から次へと夜逃げ同然に放棄された。後に「コーヒークライシス」と呼ばれ、コーヒービジネスの持続性を脅かした大事件である。

 コーヒー業界はこのコーヒークライシスによって大いに揺らぎ、「サスティナブル」という言葉を意識するようになった。生産者がコーヒーを作って生活していけなければ、コーヒーを売る側もいずれは破滅の一途を辿ることに気づいたのだ。

 さらに川島氏は、「可哀想な生産者」ばかりクローズアップされる状況にも警鐘を鳴らした。コーヒーの取引価格が上昇すれば、可哀想な輸入業者や焙煎業者が生れる。この状況もやはり、コーヒークライシスと同様にアンサスティナブルな状況なのである。「コーヒーのビジネスに関わる全てのサプライチェーン(コーヒーの栽培から販売までにある全ての段階)がサスティナブルにならないかぎり、サスティナブルなコーヒーは実現しない」と同氏は強調した。

 アンサスティナブルな問題はコーヒーの取引価格だけに起因するものではない。冒頭でも述べたように、コーヒーは農作物なのであり、コーヒー農家は近年のめまぐるしい気象変動に悩まされている。乾季と雨季のパターンの変化、ラニーニャやエルニーニョ、大雨や干ばつ・・様々な気象変動の影響は、収穫期の変化、生産量の減少、インフラの破壊など多岐にわたっており、しかもその一つ一つが無視できないほど深刻である。温暖化によりコーヒーの栽培適地が減少しつつあることも問題だ。以前は標高1200m以下でしか発生しなかったコーヒーの病気が、近年では1700mくらいでも発生するようになってきたという。また、標高が100m上がると気温が0.6下がるため、気温が上昇すれば従来よりも標高の高い地域でコーヒーを栽培しなければならない。「温暖化の影響で2050年にはコーヒーの栽培適地が今の半分になるのではとも言われている」と川島氏は述べている。

コーヒーの花(20151月にタイで筆者撮影)

 

コーヒーで未来は変わるのか

 

 以上のように、「持続可能なコーヒー栽培」を実現するための道のりは平坦ではなさそうだ。しかし、日陰で栽培が可能なコーヒーは、実は環境保全も両立させながら、サスティナブルに開発を進めていくための最良の手段となりうる、と筆者は考える。

 国際コーヒー機関(ICO)によると日本のコーヒーの消費量は世界で4位である。我々一人ひとりが、あの黒い液体を飲む度に、遠い国で栽培されているコーヒーの木を巡る情勢を知り、想いを馳せ、行動を起こすようになれば、未来は変わるかもしれない。