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【インターンシップレポート】「国際記念物遺跡会議」藤井郁乃

人間総合科学研究科 世界文化遺産学専攻 藤井郁乃

2019年9月から2020年3月にかけて、フランス・パリに所在を置く国際記念物遺跡会議(以下ICOMOS)の事務局にてインターンシップに従事しました。本稿では、期間中の業務内容および所感を報告します。

1. ICOMOSとは

ICOMOSは150か国以上の10000人を超えるメンバーから成る国際NGOで、文化遺産の保護に関わる活動を行っています。第二次世界大戦で各国の文化遺産が破壊、遺失されたことを受け、ユネスコで記念物保存に関する国際機関を設置する構想が生まれました。この構想は「ヴェニス憲章」にまとめられ、文化遺産の保存や復元、発掘に関わる基本精神を示すものとして1964年に正式採択されました。ICOMOSの設立はこのヴェニス憲章の上に成り立つものです。

ヴェニス憲章の精神は世界遺産条約に受け継がれており、世界遺産条約が成立した1972年から一貫して、ICOMOSは諮問機関として世界遺産の審査やモニタリングに関わっています。

2. ICOMOSでの業務

ICOMOSではAdvisory & Monitoring部に所属し、多岐に渡る業務に関わらせていただきました。ICOMOSで世界遺産に関わる業務を大きく分けると世界遺産リスト登録前と後に分かれます。私の所属した部署は主にリスト登録後の世界遺産の保全状況に関わる業務を担当する所ですが、近年のICOMOSの業務の増加に伴って、世界遺産リスト登録前の段階に関わる業務も行うようになっています。本報告では、関わらせていただいた業務のうち特に印象に残っているものを紹介します。

2.1 遺産の保全状況報告書(State of Conservation report, 以下SOC)に関わる業務

ICOMOSでは、世界遺産リストに登録された遺産の保全・管理状況について通年の監視を担当しています。その中で、保全状況に課題を有する世界遺産については、委員国にSOCレポートの提出を要請し、これを以て遺産の置かれた状況を判断しています。ICOMOSからの報告を受けた世界遺産委員会が、際立って重大な危機にあると判断した遺産が「危機遺産リスト」に登録されることになっています。私は各国から提出されるSOCの集計や現地調査の手配に携わらせていただきましたが、SOCに限っただけでもその業務量に圧倒されました。ICOMOSが監視する遺産の数は現在でも800を超えていますが、世界遺産の登録数の増加に伴ってその数は年々増えています。さらに、昨今の都市開発やオーバーツーリズム、相次ぐ自然災害などで保全状況に課題を有する遺産も増加しており、それに伴う委員国とのSOCのやりとりや現地調査数の増加によってICOMOSの業務も相対的に増加傾向にあります。一方でUNESCOの深刻な予算難によってICOMOSの予算状況が厳しいこともインターン中に伝わってきました。限られた予算と人員で、ICOMOSは年々増加する業務をこなさざるをえない状況になっています。

2.2 アップストリームプロセスに関わる業務

アップストリームプロセスは2015年から始まった新しい世界遺産に関わる新しい仕組みです。アップストリームによって、委員国は世界遺産への推薦手続きの中で諮問機関と対話を重ね、登録のための課題や諮問機関の意見を確認することができるようになりました。これまでの制度では、諮問機関の評価を得ることができるのは表面的には世界遺産委員会の直前のみだったので、アップストリームは委員国が遺産を世界遺産に推薦するか否か、諮問機関の意見を交えながら判断できるようにしたものと言えます。

私は数件のアップストリームに関わらせていただきましたが、莫大な費用と時間がかかる世界遺産の推薦に際し、事前に諮問機関の反応と感触を掴んでおけるというのは委員国側にとって大きな好機になると感じました。諮問機関にとっても全体としての評価プロセスが長くなり時間的な猶予ができるといった利点がある一方で、アップストリームの際に出した意見が世界遺産の登録審査に係る最終的な評価に関わってくるというプレッシャーが付き纏います。また、アップストリームの段階では委員国が諮問機関に提供する遺産に関する情報が十分にまとまっていないことを踏まえると、諮問機関側には豊富な知識を有した評価者の選定が求められるという難しさを感じました。

2.3. 世界遺産センターでの経験

6ヶ月間のインターン期間中には、パリのユネスコ本部の敷地内に拠点を置く「世界遺産センター」にも訪問させていただきました。SOCに関する世界遺産センターとICOMOSの会合に同行したり、NGOをはじめとする世界遺産関係者による現地報告と諮問機関との情報交換を行う「World Heritage Watch forum」に参加させていただきました。これらの経験は、世界遺産が国や大陸を超えた遺産保護のフラグシップであることを改めて強く実感させてくれるものになりました。

3. インターンシップのまとめ

ICOMOSで勤務できたことは、「世界遺産学」という学際的かつニッチな学問に足を踏み入れた自分の遺産保護に対する向き合い方を大きく見直す経験となりました。世界遺産条約には多くの問題が指摘されています。年々数が増え続ける遺産の管理、諮問機関の事前評価が委員国のロビイングで覆される事例の増加、グローバルストラテジーに反して拡大傾向にある地域差など、枚挙に遑がありません。しかし、今回のインターンでは、制度の重要な担い手であるICOMOSの業務が逼迫した状況であることを痛感しました。主に自然遺産を担当する諮問機関のIUCNも「世界遺産の信頼性の担保のために、制度の抜本的な改革と、複雑化・増加する業務に対応するさらなる時間が必要 」と述べているように、現在の枠組みを継続する限界が近付いてきています。

世界遺産条約の採択から48年が経ち、世界遺産を創り上げてきた方々が一線から退かれる今、世界遺産学を学ぶ身として、今後の世界遺産がどうなるか、どうしていくかを考え続けねばならないと感じました。世界遺産条約を巡る動きを、運営の主体であるUNESCOの内部から見れたこと、運営に伴う課題を見れたことは、自身の論文執筆の大きな糧になると感じています。

4. インターンシップ業務以外からの学び〜ストライキと新型コロナウイルス 

今回のインターンシップの滞在中には、フランスで過去60年間で最大規模のストライキと新型コロナウイルスという大きな出来事を経験しました。ストライキは、マクロン政権が示した新しい年金制度にフランス国民が反意を示したもので、パリ市内では12月から1月中旬にかけて多くの公共交通機関が運行を休止しました。通勤や日常生活にも支障が出るものでしたが、それに関してICOMOSの同僚が「今不便を怖がっていたら、今後何十年も我慢を続けねばならなくなるかもしれない。だからフランス人はデモにも参加するし、デモが原因で生じる困難には寛容なのよ」と言っていたのが印象的でした。昼食時でも政治の話はよく話題に上がりましたし、専門知識や年齢や党派に関わらず、ざっくばらんに各自の意見を交換し合う姿を初めて見ました。ICOMOSのインターンシップに参加できたことで、世界遺産条約の動きを内部から見れたことに加え、政治参加という観点で自分の時間の使い方が大きく変わるきっかけとなりました。

新型コロナウイルス(COVID-19)に関しては、自宅勤務が余儀なくされたことや帰国時における影響は多々ありましたが、何より印象に残っているのは公共交通機関利用中や歩行中に「コロナ」と呼ばれるなど被差別者として扱われたことです。フランスは人口の約10%が移民と言われており、世界でも屈指の移民大国として知られています。街を歩けば世界各国の露店が並んでいますし、服装も肌の色も様々な人々が歩いていて、多民族国家を地で行く印象を受けます。私はアジア人、その中でも日本人であり、フランス社会における構成割合は0.07%と圧倒的マイノリティでありますが、フランスで自分がマイノリティであると感じることはありませんでした。誰も私に気を留めることがないのです。しかし、新型コロナウイルスが拡大傾向になってから、公共交通機関で私の近くに席を取る人が減り、道端ではコロナと呼ばれる機会が生じました。未知の物体や出来事は、安易に人々の分断を招くのだということを我が身を通して感じました。明白な差別を向けられた体験は胸に重くのしかかるものでありましたが、そういった時に変わりなく接してくれる方々や励ましてくれる同僚の存在がいかに有難いものであるかを実感しました。これから日本で生活していく限り、民族という括りで見れば私はマジョリティに属して生活していくことになります。どの社会においてもマイノリティに属する人々は存在しますし、謂れもない差別の対象になりがちでもあります。自分がマイノリティとして生活したフランスでの経験を、この社会のマイノリティの人々に向けることで、社会的な分断に抗っていきたいと思いました。

公開講義「保護地域管理論」

下記の概要で公開講義を行います。ご関心のある方はぜひご参加ください。

日時:11月24日(火)12:15~13:30

場所:筑波大学 人文社会学系棟B216セミナー室

講演者:
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 
農業環境変動研究センター 環境情報基盤研究領域
農業空間情報解析ユニット  専門員
David  Sprague 博士

テーマ:「屋久島で見た日本の国立公園」

自然保護セミナー in 筑波山



10月25日(日)に自然保護セミナーのエクスカーションで筑波山を訪れました。
筑波キャンパスから見える馴染みの山ですが、実は麓まで20キロ程度離れているため、学生たちも意外と訪れる機会が少ない場所だったりします。
とても天気に恵まれ、絶好のエクスカーション日よりになりました。
ロープウェイとケーブルカーを乗り継ぎ、筑波山を満喫しました。


杉原先生がジオパークガイドとして地質・植生・文化について楽しく案内してくださいました。
日英併記のパネルを使った解説で、留学生にとっても理解しやすかったと思います。
地形地質について知識が少ない私にとっても、ものすごく分かりやすく、筑波山への理解が深まりました。
久しぶりに天気の良い休日だったので、観光客も大勢来ていて、観光と自然保護の両立の難しさも感じることができました。



また、スペシャルゲストとして、つくば市ジオパーク推進室室長も参加していただき、ジオパーク登録の裏話や苦労話を聞くことができました。
残念ながら参加者は少なかったのですが、その分沢山の時間を共有することができ、それぞれの興味関心に合わせた筑波山の魅力を再発見する機会となりました。


文責:武 正憲

【レポート】紡ぐ香り、香る風景

紡ぐ香り、香る風景-愛媛県大三島の柑橘農家が挑戦する香りの無限性-

人間総合科学研究科 世界遺産専攻 濱久保衛

江戸末期、船で往来する欧米人らによって瀬戸内海の風景は称賛された。以降、優れた風景地を指定する国立公園の第一号となるなど、確かな風景美が存在する。一般に風景とは視覚を通じて認識されるものであるが、そうと限るわけでもない。「香り」である。花の香り、葉っぱの香り、実の香りなど様々な香りが存在するが、そこから想起される風景もある。この香りに秘められている可能性を模索し挑戦を続ける、とある柑橘農家に取材を申し込んだ。

都会から移住し柑橘農家になるまで

広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ道、しまなみ海道。今治をスタートして、2番目の伯方(はかた)島から大三島大橋を渡ると3番目の島が大三島(おおみしま)である。芸予諸島の中では最大面積を誇り、そこには約6,000人が住んでいる。日本総鎮守に定められた大山祇神社がある「神の島」で知られる一方で、温暖な気候を生かし、みかんを中心とした農業が盛んな島である。

大三島最高峰の鷲ヶ頭山(わしがとうざん)から見た瀬戸内海。正面は広島県大崎上島

現在、大三島で柑橘栽培を営む松田康宏さんは、2012年に夫婦ともに千葉県から移住した。当初は、今治市の地域振興事業を委嘱された「地域おこし協力隊」として赴任していたが、離任後、2013年より柑橘農家として新たなスタートを切った。もともと、農のある暮らしを望んでいた松田さんは、移住した最初の1年で耕作放棄地を借り受けることで、約40aの農地を所有する農家へと転身したのである。
 
5月には咲くみかんの花

草刈りや収穫、剪定、摘果など年間通じた作業がある中で、松田さんの農業に転機が訪れたのは初夏の風が爽やかな5月のことである。島のいたる所でみかんの花が咲いていた。島中が花の甘い香りに包まれるのである。この時松田さんは、花や果実など柑橘のそれぞれの部位の香りを「形」にできないかと考えていた。

その方法として辿り着いたのが香りを油として抽出する「精油化」である。

抽出には、中学生の理科の実験でも行う水蒸気蒸留法を用いた。蒸留器によって香りを抽出するのであるが、ボイラーによって熱せられた花の香り成分は気化する。その後冷却することによって精油(アロマオイル)を得ることができる。またこの時、精油だけではなく芳香蒸留水と呼ばれるフローラウォーターも併せて抽出される。これは化粧水の原料にもなるので、製品化することで余すことなく利用している。
 
実際に使用している精油の蒸留器具

疾患患者のための緩和ケアにもなる

こうして製品化した後は、販売経路の確保が必要となる。食べるものを生産する通常の農家とも異なるので販売経路も異なる。

お客様で多いのはセラピストで、特に広島や岡山など瀬戸内に面するところに住んでいることが多いそうだ。アロマオイルはセラピストの商売道具であることから当然のことではあるが、松田さんのアロマオイルは地産であることが売りである。香りが豊かなことはもちろんであるが、セラピストが「このオイルは愛媛県の大三島のみかんから作られたのです」と話すことで、お客様も香りに由来する風景が浮かび上がってくるのである。香る風景とともに施術中に話が弾むそうだ。

最近は疾病患者への効果も期待され、病院も販路の一つになっているという。リラックス効果などももちろんあるが、その場所に行かずとも香りを嗅ぐことによって疑似体験が可能となり、緩和ケアとして効果を発揮しているという。
 
松田さんが手がけている商品(アロマオイルや石鹸など)

さらに、松田さんは果実を使って精油製造以外の事業も行っている。通常の柑橘農家は、果実自体を販売している。一方、精油の精製では、果実をまるごと使うのではなく、皮だけを利用する。つまり、皮の内側である果肉部分は精油製造の工程には利用しない。そのため、松田さんは果肉部分を搾汁してジュースとして販売している。もちろん果実自体の販売も行っているが、見た目の規格があるため傷などがついてしまえば販売用として扱いづらくなる。しかし精油に関してはそのような見た目に関する規格はないため、効率良く用途分けすることが可能になるのだ。

柑橘類の花卉栽培という点でも合理的な方法であるといえる。柑橘栽培では、一本の木について適切な果実数にするために蕾や果実を間引く「摘蕾」や「摘果」を行うが、間引いた蕾や果実は通常であれば破棄してしまう。しかし、松田さんの場合は摘蕾した花や摘果した実も香りとして形を変え、有効利用している。そして、同じ木であっても、部位や時期によって香りが変わるので、精油化は合理的かつ有効な方法であることが窺える。
 
収穫した果実と松田さん

香りが紡ぐ新たなつながり

松田さんは今、将来的な農業のカタチについて新しいアイディアを実践している。「体験によって生まれるフードチェーン」である。生産者である松田さんが、消費者に生産者の考えや取り組みを共有する。その結果、商品や生産地に対して愛着が生れた消費者は、情報発信や交流など様々な形で生産に関わり、参加するようになるという仕組みだ。

つまり、フードチェーンによって、生産者と消費者が手を結び、より良いものを作る関係が構築されているのである。例えば、時には松田さんが島から出て産地直送イベントや東京のイベントで自ら販売し、時には蒸留所の見学会を開いて、アロマセラピストからの要望やアドバイスを受ける。日常的には離れている島であるが、このような体験を通じて多くの繋がりが生れていく。

大三島で生まれた香りはさまざまなものを紡いでいる。