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[レポート] CO2の300倍の温室効果、N2Oの排出を「団粒」で減らす

2023年3月2日 13時15分

CO2300倍の温室効果、N2Oの排出を「団粒」で減らす

生命地球科学研究群 環境科学学位プログラム 白戸和樹

 写真(図1)のような土の塊を見たことはあるだろうか。至って普通の土の塊だが、これが「団粒」だ。実は、この手のひらに収まる団粒のどこかに、地球規模の課題である気候変動の緩和に寄与する微生物が住んでいる。今回は、気候変動の緩和を目指し、団粒を研究する農業・食品産業技術総合研究機構の がいろうさんに取材を行い、研究についてお話を伺った。

図1 大きな団粒1

n  気候変動と化学肥料の利用から発生するN2O

世界の平均地上気温は、産業革命が始まった18世紀後半から上昇傾向にある。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、こうした気温上昇の原因が、人間活動に伴い排出される温室効果ガス(GHG)であることに疑う余地がないと報告している2。その中で一酸化二窒素(N2O)は、主要なGHGの1つと考えられている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、N2Oは、大気中に長く滞留し、かつ地表から放出された熱を吸収する能力も高いため、CO2の約300倍もの温室効果を有する3

世界の人為起源のN2Oの約6割は農業分野から発生しており、特に化学肥料の使用によるN2Oの発生は顕著だ3。そのため、温室効果ガスの削減には化学肥料の使用に伴い発生するN2Oを抑制することが重要と言われている3

n  N2Oが発生する仕組みとnosZ菌の活用

化学肥料は、食糧の大量生産を可能にした。その反面、余剰の窒素分は微生物反応によりN2Oを発生させることとなった。図2に、農耕地におけるN2O発生の仕組みを示した。

2 農耕地におけるN2O発生の仕組み

NEDO, 2021)を参照し、筆者作成。農耕地に散布された化学肥料など(NH4)は、水に溶けることでアンモニウムイオン(NH4+)に変化する。植物は、このNH4+を養分として吸収するが、即座に吸収するわけではなく、吸収率は多くて約半分と言われている3。余った窒素成分(NH4+)は、土壌中に酸素がある場合には酸素を得て硝酸(NO3-)に向かい(硝化反応)、酸素がない場合には硝酸から酸素が奪われ窒素(N2)に向かう(脱窒反応)3。この2つの反応は、実際には一連の酵素反応であり、それらの酵素を持つ特定の土壌微生物グループ(硝化菌、脱窒菌)によって引き起こされる。N2Oは、硝化反応・脱窒反応の両反応において発生し、硝化反応においては、副産物としてN2Oが生じる。一方、脱窒反応では、反応の途中でN2Oを経由することが知られており、この時、環境変化(例.降雨)によりNO3-N2Oを担う微生物活性がN2ON2反応を担う微生物の活性を上回る場合、N2Oは大気中に放出される。

 農耕地に散布された化学肥料など(NH4)は、全て植物に吸収されるわけではなく、吸収率は多くて約半分と言われている3。余った窒素成分は、土壌中で、硝化反応により硝酸(NO3-)、または脱窒反応により窒素(N2)に変化する3N2Oは、この両方の反応の中で生じるが、多くは後者に由来するため「ターゲットは脱窒過程」と和穎さんは話す。脱窒は多くの生化学的反応からなる一連の過程であるが、大きく分けると、NO3-N2ON2ON22つのステップがある。そして、それぞれのステップに対応する酵素を保有する微生物の活性によって反応が進む。この脱窒過程の途中でN2Oを経由するが、環境変化(例.降雨)によりNO3-N2Oを担う微生物活性がN2ON2反応を担う微生物の活性を上回る場合、N2Oは大気中に放出される。よって、N2O削減のためには、N2ON2に還元する微生物が、土壌中で活発に働くことが求められる。

そして、近年の研究により、N2ON2に還元する微生物として、「nosZ菌(ノスゼット)」と呼ばれる微生物の一群が存在することが分かってきた。nosZ菌は、「nosZ」と呼ばれるN2ON2に還元することのできる遺伝子を持つ微生物の一群であり、クレードIとクレードIIに分かれる(表1)。特に、近年発見されたばかりのクレードIIは、N2ON2に転化する能力に長けており、かつ、その多くはNO3-からN2O を作ることはしないため、nosZ菌のクレードIIを農地に添加し、N2Oを迅速にN2に還元することでN2Oの発生を抑制できるのではないかと期待されている。しかし、和穎さんは、そう簡単でないと話す。

1 nosZ菌のクレードIとクレードIIの特徴

 

NO3-からのN2Oの生成

N2OからN2 への転化

クレードI

N2Oを作る

N2転化する

クレードII

N2Oを作らない

N2に転化する

 

土壌では、多様な微生物が戦いあい、また共生している。スプーン1杯の土の中に、およそ地球の人口と同じ数の微生物が住んでいるという。人間が、人間の何らかの目的にとって良い菌を見つけてきて土壌に入れたとしても、在来の菌がたくさんいるため、すぐに淘汰されてしまうそうだ。在来の微生物がひしめき合う実際の土壌で、特定の微生物を生存させ、かつ、活発に働いてもらうことがこの課題の非常に難しいところだ。その解決策として、和穎さんのチームは、nosZ菌の生息環境の解明とnosZ菌が自然土壌で淘汰されずに活動できる住処となる「人工団粒」の作成に取り組んでいる。

 

n  土壌環境及びnosZ菌の生息環境の理解

一口に土壌といっても、その母材や地形、そこに住む生物や気候条件、経過した時間は土壌ごとに様々で、その物理構造や化学的な環境も多様だ。更に、nosZ遺伝子を持つ菌にも多様性がある。そのため、同じ量の化学肥料を入れても、土壌によって図2のどの矢印がどれほどの速さで働くかは大きく異なると和穎さんはいう。よって、土壌環境自体を丁寧に理解しないと、nosZ菌を生存させることも、活発にパフォーマンスさせることも難しい。また、土壌環境の理解だけでなく、nosZ菌の生息環境の解明、つまり、nosZ菌が土壌のどこに住んでいて、そこはどういった環境なのかを明らかにすることも並行して進めている。

nosZ菌は、酸素の少ない環境で起こる脱窒反応の一過程を担っている。そのため、nosZ菌の生息箇所を見つけるには、まず、脱窒反応が起きている箇所、つまり、土壌中で嫌気的になりやすい場所を知る必要がある。そして、土壌中で嫌気的な条件が生じやすい場所の1つが「団粒」の内部だという。

団粒は、その外側と内側に無数の多様なサイズの間隙を持つ1。一見、中身が詰まっているように見える団粒の内側には、無数のトンネルが存在するのだ(図3)。このトンネルは、mm単位から1000分の1mm単位のものまである。サイズの大きなトンネルは通気性・通水性が良いかもしれないが、サイズが小さいトンネルや行き止まりになっている箇所には、嫌気的な環境が生じやすい。また、団粒に住む微生物の9割以上は従属栄養生物であり、炭素をエネルギーにして、酸素を使って呼吸している。酸素を消費する微生物が大半を占めるため、団粒の内部は酸素が少ない嫌気的な環境ができやすいという。

nosZ菌の生息環境の解明には、まず、団粒内部で脱窒反応が起こっている場所を見つけ出し、さらに、その中でnosZ菌が生息する場所を突き止める必要があるが、これはなかなか想像がつかない作業だ。そこで、団粒を地球に、微生物を植物に例えると理解の助けになる。この比喩で説明すると、団粒の中からnosZ菌の生息環境を見つけることとは、地球全体から極めてユニークな機能を持つ植物の集団、例えば、ブラジルのアマゾン川のような熱帯の大きな河川流域の池のほとりにしか分布しないシダ植物の一群を見つけるような作業と同様だ。実際、和穎さんたちは、自然土壌に存在する団粒を採取し、その内部をXCTで観察したり、団粒を異なるエネルギーで解体し、パーツごとの環境を観察・測定したりすることでnosZ菌が好んで生息する環境の特徴の解明を進めている。

3 X線コンピュータートモグラフィー(CT)により可視化した団粒(直径5mm)の内部構造

団粒全体(左)と切断面(右)の画像。切断面中の黒い部分が間隙(ポア)。団粒内部に無数の間隙が存在することが分かる1

n  「人工団粒」の作成

 団粒内部でnosZ菌の生息場所を突き止め、その環境の特徴を解明するだけでも難題であることは言うまでもないが、和穎さんたちはさらに、その環境に学び、似たような環境を人工的に作り出す「人工団粒」の作成にも取り組んでいる。

団粒は、主要な構成物質である鉱物粒子が、少量の有機物やその他の接着物質により結合され、形成されている4。そのため、和穎さんたちは実際に、土壌の母材となる岩石を粉砕した鉱物と、鉱物同士を結合させる際に重要となるいくつかの接着物質を用い、人工団粒を作成している。人工団粒は原則無菌状態で、まずは、そこにnosZ菌を住まわせ、彼らがその環境でどれくらい繁栄し、N2ON2反応を進めることができるかを見るという。人工団粒の中で、nosZ菌がある程度繁栄することができていれば、その人工団粒を自然土壌に撒き、在来菌が団粒に侵入してきたとしても、淘汰されずに生き残れる可能性が高まると期待しているそうだ。そして、nosZ菌が人工団粒に定着し、自然環境においても長いあいだ生き残ることができれば、これを化学肥料投入後の農地のようなN2O発生のホットスポットに撒くことで、N2O発生を抑制できる可能性があるということだ。

 

n  自然土壌という難しさと展望

 和穎さんたちの研究は、nosZ菌が持つN2ON2に還元する機能を、“実際の土壌環境で”発揮させることを目指している。微生物の機能や生み出す何かを、無菌状態の工場で工業化するといったことは、例えば、食品や医薬品に用いられるビフィズス菌などで既に行われている。しかし、微生物の多様性が極めて高い自然土壌で、特定の微生物の機能を高めることは非常にチャレンジングだ。ただし、本研究のnosZ菌の定着を可能にする人工団粒作成の取り組みが成功すれば、例えば農薬分解菌など他の機能を持った菌についても応用できる道が開けるだろうという。この研究がうまくいけば、そういった幅広い展開が期待できることをモチベーションにしていると和穎さんは話す。

最後に、和穎さんに「土壌を研究する面白さ」を聞いた。「土壌学は、サイエンスとして途方もない複雑さがある面白い対象。生物学、化学、物理学、地学の知見を総動員しないととても理解できない。だから知的好奇心が尽きない。そして、土壌は、人間の食や環境問題と密接に結びついている。食糧『生産』だけでなく、物質の『循環』や『分解』も含めた地球環境を考えなければならない現代に、土壌をどう保全・管理・利用していくかは、非常にプラクティカルな問題。そういった実学的な意味でも非常にやりがいを感じている」。

()(がい)(ろう)()さん

農業・食品産業技術総合研究機構

農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域

上級研究員

 

参照文献

1. 和穎朗太 (2021), なぜ黒ボク土?それを支えるマトリョーシカ的構造とは?,

https://dsoil.jp/cool-earth/column/detail/---id-52.html (2022121日最終閲覧)

 

2. IPCC (2021), Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 332, doi:10.1017/9781009157896.001.

 

3. NEDO (2021), 温室効果ガスN2Oの抑制分野の技術戦略策定に向けて,

https://www.nedo.go.jp/content/100934250.pdf (20221115日最終閲覧)

 

4. dSOILWebサイト, 土壌構造と微生物生存の解明, https://dsoil.jp/project/task1/ (20221115日最終閲覧)