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[レポート] 「愛すべき里山に向き合う人々」 -宍塚で出会った保全のひとつのあり方-

2023年3月2日 12時00分

「愛すべき里山に向き合う人々」-宍塚で出会った保全のひとつのあり方-

生命地球科学研究群 山岳科学学位プログラム 渡邊寛明

JR土浦駅から県道24号を西に約5㎞、いきなり大きな森が現れる。ここ茨城県土浦市宍塚(ししつか)には、都市部としては珍しく、100 haを超える広大な里山が残されており、雑木林、田んぼ、畑、湿地など、人の手が入ったさまざまな地形が広がっている。宍塚の里山は、かつての田園風景や、古墳と貝塚などの遺産を、地域の歴史や文化と共に守り、そして多種多様な生き物を育み続ける、大切な場所だ。

そしてこの里山を30年以上にわたって保全・活用しているのが「認定NPO法人 宍塚の自然と歴史の会」だ。里山の自然と文化を後世に受け継いでいくことを目的に活動を続け、宍塚の里山を、日本を代表する里山へと押し上げた。今回、本会の理事長を務める森本信生(もりもとのぶお)さんへの取材と、約半年間、会の活動に参加した筆者の体験をもとに、現代におけるひとつの代表的な里山保全のあり方を紹介する。

 

《自然と人が織りなす、宍塚の里山の多彩な魅力》

宍塚の里山は、約3ha の宍塚大池を中心に、コナラやクヌギなどの落葉樹に一部に常緑樹が混生する雑木林が広がっており、その中に芝畑跡の草原や竹林や畑が点在している。他にも、大池の上流部ではヨシやガマなどの湿性草原が広がり、その一部はハンノキ林となっており、下流部では谷地を活かして稲作が行われている。この多様な自然環境は豊かな生態系を育んでおり、これまで宍塚の里山では、植物が約690種、鳥類が約150 種、トンボが約50 種、蝶類が約70種確認されている。環境省のレッドリストで絶滅危惧種Ⅱ類に指定される、猛禽類のサシバや浮葉植物のオニバスに加え、カヤネズミやタコノアシなどの希少種も確認されており、希少生物の宝庫となっている。

また宍塚は古くから人の営みが続いてきた場所である。里山の北側を中心に「宍塚古墳群」と呼ばれる古墳が20基ほどあり、国指定遺跡の「上高津貝塚」も隣接している。宍塚大池も人工的に作られたため池水であり、水田耕作に用いられてきたほか、森林は燃料・肥料・建築材料等を得る場所として古くから利用されてきた。

多様な環境がまとまって位置し、そこに人間の手が適度に入ることで、多様な生き物とかつての里山を色濃く残す場所となっている。

写真 1 紅葉真っ盛りの宍塚大池(森本さんより提供)

《受賞歴もある保全会の活動が里山を生かす》

このように魅力的な宍塚の里山の保全活動を担っているのが、宍塚の自然と歴史の会である。本会が実践する様々な活動の中でも、里山の保全活動は中心的な活動だ。

まず草刈りや樹木の維持管理は、人を含め様々な生きものが共存できるような、明るく親しみやすい環境を維持するための基盤である。宍塚の里山が育む多様な生態系に誰でも気軽に触れることができるのもこの活動のおかげである。人々の営みの面では、“谷津田”と呼ばれる、小さな谷に作る伝統的な田んぼを活かして、自然農で稲を育てる活動や、地域住民への聞き取りを通じて宍塚の里山でのくらしや歴史を冊子としてまとめる活動も行われている。里山に関わる自然と人々を、その関係性も含めて保全することで、様々な主体の協力を仰ぎ、継続的な活動を実現しているのだ。

本会では保全活動に加え、調査、農家支援、環境教育などの多面的な活動を月に15回以上行っている。昨今では、精力的に行われる一連の活動と、里山が育む多様な生態系が評価され、数多くの賞を受賞している。特に、2006年には「モニタリング1000里地調査」のコアサイトに、2015年には「生物多様性保全上重要な里地里山」に、それぞれ環境省から認定されており、日本を代表する里山の一つとなっている。

 

写真 2 「自然農田んぼ塾」の稲刈り風景(筆者撮影)

自然農とは不耕起・無農薬・無肥料で、多様な生き物とともに稲を育てる農法。

田畑に関わる生き物が持つ本来の機能を発揮させることで、持続的な農業を実現する。

《活動が続く原動力は会員相互の刺激的な活動》

このように外部からも評価されている、多面的で精力的な活動の背景には、いったい何があるのだろうか。

理事長の森本さんの話から、理由の一つとして、自然や文化に関する情報を交換しあい、会員が各々の専門性を高めることを、楽しんでいることが考えられた。たとえば「土曜観察会」では、水鳥やトンボやクモなど、各々の得意な生き物の分野を中心に情報を共有しており、一回で100種類もの生き物を同定することも少なくない。そうして育まれた里山の生物についての高い専門性は、活動の質を上げ、同時に活動に参加すれば新たな知識や面白い人に出会えるからと、会員が活動を継続する要因にもなっている。

もう一つの理由が会員の積極的な育成である。たとえば、月に一回開催される観察会と談話会では、研究機関に勤める専門家や専門性の高い会員が、「春の植物」や、「宍塚での発見から始まった謎解き考古学」など、里山の自然や文化に関してテーマを決め、普段得られないような深く面白い知識を紹介する。

さらに森本さんは、「自分たちが守らないとこの里山が無くなってしまうなら、やるしかない」と会員が覚悟を決めていることも、里山保全の原動力になっていると語る。

写真 3 「土曜観察会」で見つけたジャコウアゲハの蛹(筆者撮影)・ジャコウアゲハの成虫(宍塚の自然と歴史の会より提供)

里山に住む生き物の何気ない姿は、いつも感動的。太陽に照らされたジャコウアゲハの蛹は、黄金に輝く。

日本に生息する他のアゲハチョウの蛹と比べ、ジャコウアゲハの蛹の形はとても特徴的である。

《会員がやりたいことをやれるようにサポートするのが大事》

また、会の活動には、新たな活動の提案、活動へのサポート、広報活動、活動方針などについて議論する機会が積極的に設けられている。たとえば、月1回、里山を持続的に保全するための計画を検討する「将来構想の会」や、各活動の計画を理事が話し合う「運営会議」が行われている。これらの会議は、一般会員にも開かれていて、気軽に参加することができる。

さらに、会の運営を担う立場として心掛けていることを、森本さんはこう語っている。「それぞれの人が好きなことで、楽しいことができるようなプラットフォームを作ること。あれやれ、これやれと言わずに会員がやりたいことをやれるようにサポートすることです」。最近では、「クラウドファンディングを活用して百年ほど前に建てられた古民家を再生したい」という会員の意見を受け、その実現を目指したプロジェクトが進んでいるという。

写真 4 「宍塚の自然と歴史の会」理事長の森本信生さん(筆者撮影)

「日本野鳥の会 茨城県」にも所属する森本さんは、「宍塚の自然と歴史の会」の前理事長から依頼を受け、活動に関わるようになった。

宍塚に魅了され、今では会の理事長として、この地の里山を未来の子ども達に受け継ぐために尽力する。写真左手奥、宍塚の里山から筑波山を望む。

 生活スタイルの変化から、現代では里山を以前のように生活の一部として保全・活用していくことは難しくなっている。しかし、宍塚の自然と歴史の会のように、会員が自然と人、人と人の関わりを意識し、自発的な活動を楽しんで行える仕組みを工夫すれば、日本全国の里山の保全活動をもっと推進していくことができるだろう。