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【レポート】第2回「カラクムル・フェスト」開催

2017年2月7日 13時36分

 自然保護寄附講座では、今年度から「サイエンティフィックジャーナリズム」という新しい講義を立ち上げました。これは、学生たちが思い思いにテーマを選び、自ら取材を行って、その内容を記事にまとめるというものです。記事の書き方は、プロのサイエンスジャーナリストの方にご指導をいただいています。本講義を受講された渡辺さんのレポートを紹介します!

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メキシコで新しい音楽祭 第2回「カラクムル・フェスト」開催
〜マヤ系先住民言語でラップ!民族の誇りを現代音楽で歌う若者たち

人間総合科学研究科
世界文化遺産学専攻2年次
渡辺裕木

 2016年10月下旬、メキシコ・ユカタン半島カンペチェ州の片田舎で、第2回「カラクムル・フェスト」が開催されました。これはその名の通り、世界複合遺産カラクムルの熱帯保護林に散らばる6つの共同体(村)を会場に、地元の人々が主体となって開かれる音楽の祭典です。観光客が訪れる事もない森林地帯の奥深くに点在するこれらの共同体では、豊かな自然に囲まれているものの人々の生活は貧しく、同じユカタン半島でも、カリブ海に面したリゾート地カンクンなどとは対照的な、時代を遡ったかのような光景が広がっています。





 この地域の住民の大半を占めるのが、古代マヤ文明を築いた人々の末裔であるマヤ系先住民で、彼らは貧しさゆえに、昔ながらの生活様式を、例え不便であっても継承するしかない一方で、美しい文化、守るべき伝統を楽しむ余裕はありません。このような状況を打破する新しい取り組みの一つとして、一昨年、NGO団体「マヤ荘園基金(Fundación Hacienda del Mundo Maya」)」は、同地域の文化の真価を住民ら自身が再確認できる場の創造を目指し、第1回「カラクムル・フェスト」を企画しました。本稿では、昨年秋に開催された第2回同イベントの様子を、同地域の歴史などの背景を交え、文化人類学の視点からレポートします。

歴史や文化を表現する歌や踊り~第2回「カラクムル・フェスト」の演目
第2回「カラクムル・フェスト」では、地元カンペチェ州の出身者を中心とするプロ或いはアマチュアのアーティストらが、メキシコ各地の民族舞踊や伝統的な楽器の演奏、古代文明の儀礼を再現した踊り、民謡を現代風の音楽にアレンジしたものなどを披露し、メキシコ文化の多様性が表現された音楽祭となりました。出演アーティストは、まず実行委員会が出演希望者を募り、作品に攻撃的な歌詞などを含まない事、オリジナリティーと創造性に優れている事を基準として絞り込んだ後、共同体の人々の意向が強く反映するオーディションによって選ばれました。音楽祭の目的の一つは「ムンド・マヤ(マヤの世界)」と呼ばれる同地域の文化の、住民自らによる再認識、再評価ですが、同地域の先住民族共同体の中には、メキシコ国内の別の地域の先住民の移住により形成されたものもあり、したがって同音楽祭の演目も、マヤ系先住民文化に関連があるものばかりではありません。長い時を経て、良くも悪くも折衷や変化を遂げた現在のメキシコ先住民族文化の、率直な表現の結集と言えるプログラムだったのではないでしょうか。


マヤ語ラッパー、パット・ボーイの登場
今回の出演者の中に、音楽祭の音楽監督の推薦により出場が依頼されたパット・ボーイというマヤ語とスペイン語のバイリンガル・ラッパーがいました。現在19歳のパット・ボーイは、未だに多くの村民が日常的にマヤ語を話す共同体の一つで成長し、若干12歳でマヤ語で歌うレゲエ歌手の影響を受け、また、マヤ語には韻を踏む要素が多いと気付いた事から、自らが作ったマヤ語のラップを歌い始めました。
パット・ボーイの作品は民族音楽を古臭く感じている若者たちにも受け入れやすいようで、徐々に広い範囲で認められつつあります。今回の舞台では、カンペチェ・シンフォニー・管弦楽団と競演し、「ムンド・マヤ」への憧憬の気持ち、自分たちが受け継ぐマヤの血の誇りを歌いました。彼のパフォーマンスは音楽祭を多いに盛り上げ、第2回「カラクムル・フェスト」のハイライトとなりました。



メキシコ文化の多様性と先住民問題
ところで読者のみなさんは、「メキシコ」という国名にどのようなイメージを持っていますか?色彩の豊かな町並みや民族衣装、サボテンのある風景、サッカーやボクシング、古代文明の遺跡、面白い所では「アメリカ映画で犯罪者が逃げて行く国」として記憶している人もいるかもしれません。このようなイメージの多彩さは、メキシコが辿ってきた歴史と、そこから生まれた文化の多様性に端を発するもので、この国の最大の魅力の一つです。
 今から三千年以上前から、天文学や建築学に優れた数々の文明が興亡を繰り返した地、メキシコは、16世紀、スペインに征服されました。しかし先住民の人々は、植民地支配の下、社会的に不平等な立場に追いやられつつも、宗主国スペインの文化を吸収し、新しい文化を育んだのです。例えば今なお一部の先住民族が継承する民族衣装や、聞く者にエキゾチックで独特な印象を残すフォルクローレ(ラテンアメリカの民族音楽)は、先スペイン期(スペイン人が入植する前の時代)のセンスと、欧州の服飾文化が融合して生まれたものです。
19世紀に入ると、約300年間に及ぶ植民地支配はようやく終わり、メキシコの近代国家としての発展が始まりましたが、先住民の社会的地位の低さや貧困はなかなか改善されず、不平等な制度や政策に尊厳を傷つけられた先住民が武装蜂起し、地域によっては内戦状態に陥るほどでした。特に「カラクムル・フェスト」が開催されたカンペチェ州を含むユカタン半島全域では、中央政府の締め付けに反発した先住民族を中心とする地域住民によって、分離独立を主張する運動が起こり、対立し合う社会層それぞれがアメリカやイギリスに援助を求めた為、一時期は欧米列強も巻き込んだ紛争にも発展しました。このような歴史のある地域で、先住民自身の意識を大切にした「カラクムル・フェスト」のようなイベントが企画される事には、非常に大きな意味があると感じます。その後1910年に勃発したメキシコ革命の影響で、ようやく先スペイン期や先住民の文化に対する前向きな評価が出始め、新憲法の定めるところにより、種族による差別も形式的には撤廃されました。しかしそれから1世紀が経とうとしている現在も、差別に根ざした貧困や、それに関連して生じる教育問題などが解決されないまま残り、メキシコの先住民問題の決着は今なお遠いところにあります。

NGO団体「マヤ荘園基金」の取り組み
 「カラクム・フェスト」を主催するマヤ荘園基金(2002年設立)は、マヤ地域の文化的建造物である荘園建築を利用した、90年代の観光開発事業から発展したものです。世界複合遺産にも認定されたカラクムル周辺の自然と文化を、基金は設立以来ずっと有意義に活用してきました。
 この地域の貧困問題を解決に導く取り組みを行っている基金では、先住民に自然環境への理解を深めさせることで、保全と活用の工夫を促す啓蒙活動や、伝統技術を継承する民芸品作家の活動の場を広げる企画などを実施してきました。活動に共通する特徴は、外部から資源や人材を導入して先住民を「働かせる」のではなく、先住民が自分たちの守るべき自然や文化を理解し、自主的に経済活動にも繋げていく事のできる知識や技術をトレーニングしている事です。「カラクムル・フェスト」でも、基金の協力は一時的なものと想定されており、近い将来共同体の人々自らがイベントを全て管理、運営する事が期待されています。


おわりに
根が深く複雑なメキシコの先住民族問題は、今日でも日常的に報道される各地の抗議行動などからうかがい知る事ができます。国の政策にも希望が見えず、暗澹とした気持ちにさせられます。しかし、今回取材した、「マヤ荘園基金」の地域に根差した活動は、久しぶりに聞いた明るいニュースでした。先住民自身の啓蒙を目的とする「カラクムル・フェスト」では、差別や貧困を憂うに留まらず、先住民文化の魅力を積極的に発信しており、パット・ボーイらマヤ文化の新しい発展を担う若者たちも登場しています。
パット・ボーイのラップは、マヤ語の歌詞に多少のスペイン語表現を混ぜる事で、彼のマヤ文化に対する愛情や敬意を豊かに表現しています。これは、メキシコ国内の少数民族言語話者が5年毎に約10%の割合で減少している中、マヤ語を「生きた言語」として継承するユニークな民族文化活動です。興味深いのは、素顔のパット・ボーイが若者らしい服装や言葉を使い、肩の力が抜けた率直な受け答えをする青年で、「少数民族の待遇改善」や「伝統文化の保護と伝達」に熱弁を振るったり、役所の建物を囲んでシュプレヒコールを叫ぶ、いわゆる従来の「活動家」のイメージとはほど遠い人物だということです。そんな彼の音楽活動は、型にはまった「無形文化財保護活動」には期待し難い、「現代のマヤ文化」創造の一つの可能性とも考えられるのではないでしょうか。
「カラクムル・フェスト」を含む「マヤ荘園基金」の取り組みを継続・発展させる事ができた時、今後カラクムル周辺の共同体がどのように変わって行くか、他の地域の先住民問題にも良い影響を与えうる活動へ成長する事を期待しつつ、見続けて行きたいと思います。長い歴史を持つ現代のメキシコ先住民族が、現代社会の中で尊厳を傷つけられず生きる為の、また、自分たちへの待遇を改善させて貧困から抜け出す具体的な活動へとつながって行く事を願っています。