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【レポート】「自然保護」と「経済発展」は両立できる? ~日本における自然保護活動の変遷~

2024年1月23日 09時14分

サイエンス・コミュニケーター 尾嶋好美

日本では「白神山地」「屋久島」「知床」「小笠原諸島」「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録されています。登録以前、白神山地や知床では地域の経済発展のために道路を、小笠原諸島では空港を作る計画がありました。「自然保護」と「経済発展」は両立できるのでしょうか?公益財団法人日本自然保護協会職員時代に世界自然遺産登録にも携わった筑波大学教授吉田正人先生にお話を伺いました。

 

「白神山地」が日本初の世界自然遺産に

高度成長期の日本では、自然保護よりも経済発展が優先され、公害がひどくなりました。イタイイタイ病、水俣病など、環境汚染による病気が大きな問題となり、1971年に環境庁が発足、1974年には国立公害研究所(現・国立環境研究所)も設立されました。公害への関心は高まりましたが、時代はバブル突入。自然保護よりも経済が優先されることが続きました。

「大きな転換点は1987年。当時、秋田県と青森県の間にある白神山地に大きな道路を通す計画があったんです。白神山地には大きなブナの木が多いので、それを伐採して売却し、伐採地を道路にするというものです。しかし白神山地は日本に残された最後の大きなブナ原生林。伐採されたブナは秋田県の製材所に運ばれることや、伐採により青森県側で水害の危険性が高まることもあり、反対運動がおこり13千通もの反対署名が集まりました。反対者の多くが地元住民だったことから、青森県知事が道路計画の見直しを表明しました」。 

その後、吉田先生が職員として働いていた日本自然保護協会が中心となり世界自然遺産への登録を目指し、1993年に白神山地は日本初の世界自然遺産となったのです。

 

自然保護意識の高まり

 日本は国土の約67%が森林です。そのうちの約30%が国有林であり、林野庁が管理しています。林野庁は国有林で伐採した木材を売却し組織運営をしていたこともあり、1990年ころまでは自然保護に熱心に取り組んではいませんでした。原生林は一度も人の手が入ったことのない森林であり、生態学的に非常に価値があります。日本は森林面積が大きいとはいえ、原生林が占める割合は4%以下にすぎません。

「白神山地のこともあり、原生林を伐採することに対して、林野庁への風当たりも強くなっていったんです。そこで林野庁は自然保護を推進する方向に転換したのです。1991年には『森林生態系保護地域』として、原生林を保護するようになりました。現在は31か所、73.6万ヘクタールが指定されています。

一方、2000年代初めの頃は、まだまだ自然保護についての法整備がなされていませんでした。国立公園は、自然保護もするけど、同時に国民にレクリエーションの場所も提供するということになっています。保護と利用という両方の両輪なので、 開発がなかなか止められないんです。例えば、富士山に道路をつくれば、 足の弱い人とかお年寄りとかでも綺麗な風景が見えるじゃないか、どうして悪いんだという意見がありました。そういう意見は実際にはお年寄りたちのことを考えてではなく、道路開発のためなんですけどね。でも、レクリエーションのために、一度壊れたら元に戻らない自然を破壊するのはおかしいと思うんです。北海道の大雪山の士幌〜然別湖線では「地上道路でなく、トンネルなら自然に影響はないだろう」ということで、トンネル工事が進められそうになっていました。でもトンネルには通気口が必要です。すると永久凍土が融けてしまい、生態系が壊れてしまいます。ただし、当時の自然公園法では、これを防ぐことができなかったのです。

 2001年に環境庁が環境省に変わります。そして2002年に自然公園法が改正され、法の目的に『生物の多様性の確保に寄与すること』が加わりました。2005年には「愛・地球博」、2010年には「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10 )」が開催されました。そのころ『里山のように、今まで守るに値しないと思ってたものが、実は大事だってわかってきた』という世の中の流れを感じましたね」

自然保護への関心は高まっている一方、会費で成り立つ自然保護活動団体の多くは、金銭的な余裕がありません。アメリカでは、約100万人が年数十ドルの会費を払うという自然保護団体がありますが、日本では数千円の会費を払って会員になってもらうことが難しいのが現状です。

 

「自然保護」から「ネイチャーポジティブ」へ

2020年代に入り、自然保護については大きな変化が起こっています。企業が寄付を行った場合に、寄付額の6割を法人関係税から税額控除する「企業版ふるさと納税」制度が2020年に始まりました。この制度を活用し、自然保護活動を行う団体に寄付する企業が増えているのです。公益財団法人日本自然保護協会が仲介する形で、企業と自治体が一緒に生物多様性の実現に取り組む事例もでてきました。

「自然保護はなぜ大事か、なんてことは言わなくても、もう、みんな、企業の人だってわかってるんです。破壊する悪い人たちがいて、それを止めさせれば良かったっていう簡単なことではなくなっていて、『便利な生活を続けるためには、ある程度の犠牲をやむを得ないとするのか』を考えなくてはいけないようになっています。例えば、二酸化炭素削減のために電気を使うことを止められますか?かなり難しいですよね。そしてもう一つの問題は、気候変動と生物多様性の両立です。例えば、二酸化炭素削減のために風力発電にするとなった場合、渡り鳥の生態に大きな影響を及ぼすわけです。太陽光発電パネル設置による土砂崩れなども起こっていますし。風力発電の風車を作るのなら、渡り鳥の通り道でないところを選ぶなど、生態系への影響を評価する環境アセスメントが重要になってきています。

 202212月にモントリオールで国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催され、2030年までに生物多様性のマイナスを食い止め、プラスを目指すという「ネイチャーポジティブ」の実現が目標とされました。これ以降、ネイチャーポジティブの宣言をしますっていう企業や自治体が一気に増えてきたんです。やっぱり、人間の気持ちとして、マイナスから0を目指すって、なかなか魅力のある目標じゃないんですよね。プラスを目指すっていうのは、イメージもいいですし、前向きになれます。言葉のイメージって大事ですね。20233月には環境省が提案した「生物多様性国家戦略」が閣議決定され、「ネイチャーポジティブ経済の実現」が目的となっています。多くの人が共感し、積極的に動くよういなったことを見ると、多分これからの10年間、「ネイチャーポジティブ」は非常に大きなキーワードになると思います」

機関投資家は、環境・社会・適切なガバナンス(企業統治)を考慮する「ESGEnvironmentSocialGovernance)投資」を積極的に行うようになっています。消費者も大規模な自然破壊をして得られたパームオイルなどを使った製品を避けるなどの行動をとるようになっています。そのような流れの中、企業が出す自然関連財務情報開示タスクフォースレポート(Taskforce on Nature-related Financial Disclosure Report 通称TNFDレポート)では、自然資本に関わるインパクトと依存、リスクと機会に関して明示するすることになりました。

 高度成長期には「自然保護」と「経済発展」は対立するものでしたが、今は両立しうるものになってきているのです。

写真:吉田正人先生


執筆者:尾嶋好美(おじまよしみ)
北海道大学農学部畜産学科卒業・修士課程修了。
筑波大学生命環境科学研究科 生命産業科学専攻 博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。
著書:『おうちで楽しむ科学実験図鑑』『本当はおもしろい中学入試の理科』『「食べられる」科学実験セレクション』『「ロウソクの科学」が教えてくれること』等