人間総合科学研究科 世界遺産専攻 藤井郁乃
0. はじめに
月日が経つものは早いもので、ついにIUCNでのインターン終わりを迎えました。IUCN世界遺産プログラムチーム(以下WHP)の一員として、人生の中でも指折りの充実した学び多き時間を過ごせたことを心より感謝しています。
7月には、常に私の業務の中心にあった世界遺産委員会がバーレーンで開かれました。日中40度を超える気温の中で、その暑さに劣りもしない白熱した議論が交わされていました。
1. 世界遺産会議の概要
世界遺産会議とは、毎年一度世界遺産条約に加盟した国々が一挙に集って行われる国際会議です。会議は条約締結国(State parties)の出席の上で、6 年間の任期をもつ21の委員国が中心となって行われます。世界遺産に関わる様々な議論が交わされる場でありますが、中でも大きな議題は①既存登録物件の保全状況の確認と②新規登録物件の審議です。IUCNは既存案件のモニタリングと新規登録案件の評価を担っており、その両議題において中心的な役割を果たします。
1.2 世界遺産会議への出席
私はIUCNの使節団の一員として、主に2つの業務を担当しました。
1つ目が諮問機関によるサイドイベントのオーガナイズです。世界遺産委員会には、科学的知見を基に遺産の評価やモニタリングを行う諮問機関が3つあり、IUCNは自然遺産に関わる業務を担当しています。文化遺産に関わることはICOMOS, さらに文化遺産のうち保存や修復に関する業務に関わるのがICCROMです。これら3つの団体は、毎年世界遺産会議の開催期間において、時には別の国際組織と連携をとりながら世界遺産に関するイベントを連日開催しています。
私はIUCNが中心となるイベントにおいて、書類の準備や会場手配、ケータリングの手配といったロジ面のサポートに関わりました。IUCNの代表として、現地の会社とやりとりしたり、他の国際機関のメンバーと協力して準備にあたるのは緊張しましたが、イベントはどれも立ち見が出るほど沢山の方々に来ていただけるものになりました。素晴らしいコンテンツを練り上げて発表したのはWHPチームのメンバーですが、その一介を担えたことをとても嬉しく思います。
2つ目は、使節団のスケジュール管理と会議のサポートです。実際にメンバーとして現地に赴いて分かったことですが、世界遺産委員会の間、使節団は分単位のスケジュールで動いています。SOCレポートや新規案件の評価を全体会議で発表する合間には、各国の大使との会議や、来期に向けての打ち合わせといったクロースな会議が目白押しで、これに加えてランチタイムやディナータイムはサイドイベントをこなさなければなりません。私はその中で、チームメンバーのスケジュールを一括して管理するポストを任せていただき、メンバーに向けた会議スケジュールのリマインドや会議室の手配、会議のトラッキングと事後報告書の作成に関わらせていただきました。
毎朝のチーム会議ではその日のスケジュールをメンバーに共有し、日中は会場を走り回って諸々の調整を行いました。求められる責任が大きく、インターンである私が担っていいのであろうか、と不安も抱きましたが、一人のチームメンバーとして対等に扱いでチームの仕事に貢献させてもらえていることに誇らしさを感じました。目の回るような多忙なスケジュールをこなすメンバーから「君がいてくれて本当に助かったよ」「You really did great job!」と言ってもらえた時は胸にくるものがありました。
2. 世界遺産会議を終えて
個人的には非常にやりがいを感じ、また様々な学びを得た世界遺産会議でしたが、同時に世界遺産そのものが岐路に立っていることを深く感じた会議でもありました。
新規世界遺産の評価は、主に2つのAdvisory bodyによって行われていることは前述しましたが、近年Advisory bodyの事前の評価に対して、委員国同士が意見をすり合わせ、世界遺産の会議の場で評価を覆すロビイング活動が活発になっていることが指摘されています。
Advisory bodyは推薦書や現地調査を元に、新規案件が世界遺産リストの登録に見合うかどうかを4段階で評価します。ただちに世界遺産リストに登録される「記載」、世界遺産登録を前提とした上で情報を追加を求める「情報照会」、推薦に抜本的な改定が必要となるが再推薦は認める「記載延期」、再推薦を不可とする「不記載」です。前者2つが肯定的、後者2つは世界遺産登録に否定的な推薦ととることができます。
2007年に石見銀山が世界遺産登録された際にはメディアにこぞって「逆転登録」と報道されましたが、これはICOMOSが事前に出した記載延期という評価が、世界遺産会議の会場で一転して登録に変わったことを指します。このように以前から、情報照会が記載に変わったり、記載延期が記載に変わったりと、専門家の事前の評価が会議の場でよりポジティブなものに覆されるといった動きは見られました。しかし今回、事前に「不記載」の推薦がくだされた遺産が会議の場において「記載」の評価に変わった事例が2件ありました。これは、世界遺産の40年の歴史の中で初めてのことです。明らかに、専門家による評価と委員国の見解の間の溝が深まりつつあることを示しています。
私はIUCNで半年間を過ごしましたが、事前評価を出すまでにどれだけ多くの専門家が、どれだけの時間と労力をかけて1つの評価を導き出すかを目の当たりにしてきました。科学的な知見を担保するために、実際に現場に赴き、関係者各位とやりとりした上で、幅広い専門家が白熱した議論を交わし、そしてやっと1つの推薦評価にいきつくのです。このようにして事前にまとめられた推薦評価が、現場から遠く離れた国際会議の場で覆る様子には心が痛むものがありました。
世界遺産の登録に際しては、事前に各国で莫大な予算が動き、多くの関係者を巻き込んで推薦が進められます。どの国も時間とお金を費やした以上、早急な世界遺産リスト入り目指すのは当然のことではありますが、世界遺産というブランドの価値が専門家による科学的な実証の元で成り立ってきたことを忘れてはなりません。現在世界遺産リストに登録された資産の数は1000を超え、世界遺産というブランドの価値の継続、そして継続的なマネジメントとモニタリングの難しさが叫ばれています。バーレーンでの世界遺産会議では、この世界遺産という制度がまさに転換期にあることを、身を持って感じました。
バーレーンにてIUCN使節団メンバーと
IUCNで過ごした6ヶ月間は、間違いなく私の人生の中で最も充実し、また様々な物事において新しい視点をもたらしてくれたものでした。
自然保護という観点においては、自然保護の現場で起きている問題は、私たちの日常生活と深く結びついているということを痛感しました。例えば、IUCNはWorld Heritage Outlookというツールで、世界遺産に登録されている自然遺産の資産状況を公開しています。これによると、外来種によって危機に晒されている遺産の数が増加傾向にあります。昨年日本で外来種「ヒアリ」が問題になりましたが、元をたどると貿易がグローバル化し、私たち市民の他国からの輸入需要が高まった結果がこの問題の端でもあります。今年アフリカでは密猟によって、最後のオスのシロサイが絶滅しましたが、これは特にアジア圏ではんこなどに使われる象牙の需要が高いことも原因の一部です。他にも私たちがより過ごしやすい生活を求めて排出する温室効果ガスは、地球全体の平均気温を底上げ、その結果多くの動植物の住処や餌を奪うことにつながっています。一見すると関係のないように見える私たちの行動は、巡り巡って何かに影響を与えています。それを意識しながら自分の行動を選択していくことが大事なのだと思うようになりました。
働くという観点においては、「働くために生きる」のではなく「生きるために働く」という認識を強く持つようになりました。長時間労働がよく話題にあがる日本ですが、IUCNでは徹底的に成果を残しながらも、家族やプライベートの時間を大切にする姿が強烈に印象に残りました。バケーションで数週間~1ヶ月オフィスを空けることは当たり前ですし、家族の誕生日やイベントで仕事を休む姿もよく見かけました。オフィスに子どもやペットが遊びにくる姿というのも、私の目にはとても新鮮にうつりました。家族も仕事も「人生の一部」であって、全ての要素が連綿とつながっているという姿勢からくるものだと考察しています。各々がデスクに向かっている時の集中力は凄まじいですが、集中力が切れたときは散歩に行ったり、同僚とコーヒーブレークをとるなどして気分転換をはかられます。このように自分の仕事に対する姿勢を自分でコントロールできることは”Work independently”という言葉で表現されますが、これが組織において積極的に推奨されていることも、我が国が見習える部分ではないかと思っています。
研究においても、キャリア形成においても、人生観においても、ここでの日々が大きな影響を与えてくれました。IUCNのインターンシップに参加する機会をいただけたことに、心より感謝致します。
当初は英語でのコミュニケーションもままならず、失敗もたくさんしましたが、圧倒的なリーダーシップと知識・経験量でチームを率いるディレクター、専門家として国境をまたいだ膨大な仕事をこなすチームメンバー、そして毎週キャッチアップを設けてくれて手厚いフォローをくれたマネージャーは、これかも私の人生の師です。たくさんの学びをありがとうございました。
そして、インターンシップの間も、常に日本からサポートをくださった専攻長、指導教員、そして自然保護寄附講座事務局の皆様に、心より御礼申し上げます。
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