お知らせ News

【レポート】目に見えない遺伝子の違いから自然保護へ

2024年1月23日 09時02分

生命地球科学研究群 生物資源科学学位プログラム M1 馬籠 優輔

皆さんは、森林遺伝学をご存知でしょうか?樹木にも人間と同じようにその細胞やミトコンドリア内にDNAが存在しています。そのDNAは、突然変異を起こしながら自然環境に適した形質を生み出し、次の世代へ代々受け継がれてきました。その進化の過程で樹木は種分化を引き起こしてきました。森林遺伝学では、樹木のDNAを分析することで進化の過程を調べることができるのです。今回は、そんな森林遺伝学のうち、集団間の遺伝構造を調べる集団遺伝学で、日本の森林保護に大きく貢献した筑波大学生命環境系教授の津村義彦先生にお話を伺いました。

 

○人間の生活にも関わりのある森林遺伝学

 津村先生は、自身が学生だった1980年代から集団遺伝学に関する研究を行っていました。集団遺伝学とは、生物の集団間に起こる遺伝的な変化を研究する学問で、集団間の遺伝構造を比較することで生物の進化や変遷を明らかにできます。

202321073@0012023210731@2023_最終版_図1_馬籠優輔

図1. 樹木のサンプリングから遺伝構造の比較まで
樹木集団の遺伝子解析を行い、特定したハプロタイプを比較することで生物の進化や変遷を見ることができます。
ハプロタイプとは、親から受け継いだ2本の染色体のうち、どちらか一方の染色体に存在する
対立遺伝子(アレル)の組み合わせのことを指します。

 

例として、日本のスギは、太平洋側と日本海側の気候が異なる場所での進化を重ねてきたため、遺伝的に差異が生じ、結果として形質が異なるようになりました(2)。太平洋側のスギはオモテスギ、日本海側のスギはウラスギと呼ばれ、ウラスギの枝の方がしなやかで葉が短いことが特徴です。このような形質の違いは異なる環境で生き残るために、独自に進化してきたのです。

202321073@0012023210731@2023_最終版_図2_馬籠優輔

2. オモテスギとウラスギの比較
写真からもウラスギがオモテスギよりもしなやかなことがわかります。

 

津村先生はこういった研究をなさると同時に、森林の遺伝的多様性の高さも明らかにしてきました。遺伝的多様性の高さは、森林の寿命を知る上で重要な情報の一つです。なぜなら、遺伝的多様性の低い森林では、近交弱勢(近親交配によって子孫の生存率や成長量が低下すること)が起こり、種にとって有害な遺伝子の割合が増えてしまうからです。有害な遺伝子は生物の生存や繁殖に悪影響を及ぼすことがわかっています。その結果、森林を維持できなくなってしまうのです。しかし、こうした研究は、DNAを解析するコストが高いこと、DNAを調べるマーカーが限られていたこと、そして特定した遺伝子も数が非常に多く、実用的ではなかったことから、当時の先生の勤務先の上司には、役に立たない研究と言われることもあったそうです。

ところが、2000年代に突入すると、DNAの解析技術が飛躍的に向上し、解読できる塩基数やそのコスト、使用できるマーカーが格段に増えました。その結果、数多くの有用遺伝子が発見され、人間の生活に役立てられるようになりました。身近な例をあげると、乾燥に強い、粘り気のある形質を発現するイネの有用な遺伝子が見つかっています。森林遺伝学も同様に、スギでは花粉症の解決につながる無花粉になる遺伝子が発見されました。こうした技術の進歩に伴って植物の遺伝学は急速に発達してきたのです。

 

みどりの学術賞の受賞

日本では、林業上有用とされる針葉樹4(スギ、ヒノキ、アカマツ、クロマツ)に関して、苗木の移動範囲の制限を行う林業種苗法が制定されています。この法律は1970年(昭和45年)に、優良な種苗の供給を適正かつ円滑に行うことで林業総生産を増大し、林業を安定的に発展させるため作成されました。しかし、この法律で遺伝的撹乱が防げるのは林業上有用な種のみで、広葉樹を含むそのほかの樹種については法整備がなされていませんでした。このことに気がついた津村先生は、広葉樹を含めた計43樹種の種苗移動ガイドラインを、地域ごとの遺伝タイプに基づいて作成し、著書「地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン」(文一総合出版、2015年)として出版されました。研究を通して遺伝的な保全の重要性を提言するだけでなく、社会実装に向けた活動にも精力的に取り組んでこられたのです。

 こうした長年の活動が高く評価され、津村先生は令和5年第17回「みどりの学術賞」を受賞されました(3)

202321073@0012023210731@2023_最終版_図3_馬籠優輔

図3. 背景にあるのが「みどりの学術賞」の表彰楯。
津村先生はとてもアクティブで、お昼時のランニングが日課だそうです。
明るいお人柄で取材にも気さくに答えてくださいました。現在は趣味を探しておられるそうです。

 

この賞は、植物、森林、緑地、造園、自然保護等に関する研究や技術開発など、「みどり」に関する学術上の顕著な功績を称え、内閣総理大臣が授与するものです。津村先生が賞の候補者として連絡を受けた際は、「いきなり内閣府から電話がかかってきたので、間違い電話かなと思いました」と、大変驚かれたそうです。