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【レポート】野生生物の保全における動物園の仕事 インタビュー:多摩動物公園 野生生物保全センター・荒井寛センター長

2022年6月14日 15時02分

野生生物の保全における動物園の仕事 インタビュー:多摩動物公園 野生生物保全センター・荒井寛センター長

生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 中嶋 千夏

国際自然保護連盟(I U C N)のレッドリストにおいて、現在、約4万種もの生物が絶滅危惧種に指定されています。さらに、気候変動などの人為的要因により、絶滅の勢いは急激に増しており、国内外問わず深刻な問題です。このように近年注目されている野生生物の絶滅危機に関する問題ですが、絶滅危惧種を「保全」する活動は、実は、動物園においても行われています。保全とは、人が手をかけながら、自然環境や動物などを保護することを指します。今回は、実際に都立動物園ではどのようにして保全活動を進めているのか、その現状を知るために、多摩動物公園野生生物保全センターの荒井寛センター長(写真1)にお話を伺いました。

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写真1:保全現場で活動する野生生物保全センター・荒井寛センター長(写真中央)

©️(公財)東京動物園協会

野生生物保全センターとは?

レッドリストに記載されている絶滅危惧種は多数いますが、動物園における保全では、どの動物園がどの種を保全するのか、それぞれの仕事を調整する必要があります。そこで、都立動物園や水族館を運営している東京動物園協会1は、この調整の役割を持つ「野生生物保全センター」を、多摩動物公園内に設置しました。多摩動物公園は、東京都の多摩丘陵に位置する都立の動物園です。特に、希少生物であるコウノトリの人工繁殖に国内で初めて成功した動物園として知られ、鳥獣保全の実績があることなどから、同センターの設置場所として選ばれました。同センターは保全活動の中心的機能を果たしており、それに基づいて、都立の動物園や水族館は様々な研究機関と連携して保全を進めています。 

多摩動物園が進めている保全活動

1) 絶滅危惧種を動物園内で守ろう、生息域外保全!

動物園は、保全活動の中でも、特に生息域外保全の役割を担っています。「生息域外保全」とは、絶滅の危機にある野生生物を、生息地以外の安全な場所に移し、人工繁殖によって保持する取り組みを指します。多摩動物公園では、中でも、国内希少野生動植物種であるコウノトリとトキの保全に力を注いでいます。

荒井センター長によると、コウノトリとトキは国内で野生絶滅した経緯は似ており、野生絶滅の時期や保護増殖活動の開始時期もほとんど同じだそうです。しかし、コウノトリはトキと違って、環境省の保護増殖事業の対象種に含まれていません。多摩動物公園や兵庫県立コウノトリの郷公園、日本動物園水族館協会が文化庁に働きかけ、IPPM-OWS2(コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル)として保全活動を継続してきました。このように、動物園や自治体が中心となって絶滅危惧種の保全活動が行われるのは、異例であるそうです。多摩動物公園内では、コウノトリの人工繁殖を行っており、生まれた個体を放鳥して野生の個体数を増やす活動をしています(写真2)。荒井センター長は、「野外への放鳥個体を確実に作り、遺伝的多様性を確保することは動物園が担う重要な仕事の一つである」とおっしゃっていました。

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写真2:多摩動物公園ではコウノトリにおける保全活動を、野外展示の形で一般向けに公開している。子育てエリアの他に、繁殖ペアを作るためのお見合いエリア、亜成鳥個体が集められるストックエリア、人がコウノトリと触れ合える共生エリアがある。 

さらに、多摩動物公園は、環境省の保護増殖事業に協力し、園内でトキの飼育繁殖も行っています。動物園で育った雛を、佐渡トキ保護センター(新潟県佐渡市)へ移して、放鳥する活動を2007年から継続してきました。放鳥した雛の生存率は年々上がっていることが確認されており、継続した活動がトキの個体数増加に貢献しています。しかし、人の手で育てた雛の生存率は、野生で育った雛よりも低いことがわかり、それからは飼育繁殖の際に、なるべく人の手をかけずに親に任せるように配慮しています。これによって放鳥後の生存率がさらに上がり、トキの生息域外保全がより進展することが期待されます。現在、放鳥個体は佐渡市周辺では定着していますが、本州への広がりが未だありません。今後の保護増殖事業では、人工繁殖した個体を本州で放鳥することを目指しています。荒井センター長は「将来的にはトキが自然状態で繁殖して、トキと人が共生する暮らしを取り戻し、人にとってトキが身近な鳥になるように活動を継続していく」と話していました。

2) 絶滅危惧種の生息地を守ろう、生息域内保全!

動物園で生まれた個体が、野生下で生態系の一部としての役割を果たすためには、前述の生息域外保全とともに、野生生息地内の環境を整備して生態系を守る「生息域内保全」を行うことが重要です。そのことから、多摩動物公園では生息域内保全についても活動を行っています。

例えば環境省のレッドリストで準絶滅危惧種に指定されているアカハライモリ(写真3)は、特に関東地域で個体数の減少が顕著であると言われています。そこで、アカハライモリの生息地における生息状況の調査や、生息環境の改善に取り組んできました。さらに、荒井センター長は長年にわたって地域の小学校と連携し、アカハライモリを題材とする出張授業などの環境教育に携わっています。小学生とアカハライモリの保全現場を訪れ、実際にどろんこになりながら生き物に触れてもらい、野生生息地を保全することの重要性を伝えています。

野生生物保全センターで働く

 野生生物保全センターには現在7名の職員が所属しています。業務は、飼育繁殖に関わる部門と、DNA解析やホルモン測定などを扱う生物工学の部門に分かれます。同センターで働くことは、「興味関心のある分野を自分で開拓し、事業を進めることができることから、やりがいのある仕事だ」と、荒井センター長は話します。

荒井センター長は学生時代、魚類を専門に研究し、その後、恩賜上野動物園内にあった水族館に就職しました。続いて、葛西臨海水族園や井の頭自然文化園、恩賜上野動物園、東京都庁の動物園関連部署に勤務し、魚類のみならず鳥類などの飼育も経験した後、多摩動物公園の同センターのセンター長に就任しました。前述のアカハライモリの出張授業や保全活動は20年近くのライフワークとして携わっており、「保全活動に参加した子供たちには、この経験を忘れずに大人になってほしい。子供たちが10年、20年後に保全分野で活躍し、またどこかで再会できればうれしい」と話していました。

 

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写真3:多摩動物公園で展示されているアカハライモリ。

野生生物保全における動物園の存在とは?

野生生物が直面している問題について多くの人に知ってもらうために、動物園は、保全活動の一部を一般向けに公開しています。公開を通じて、動物園で育った個体はどこへいくのか、また、野生生物を守るためにはなぜ人の手が必要なのかについて、動物園を訪れた人々が疑問に思い、興味関心を持つことにつながります。私たち人間により生息地を追われた動物を、人間が守っている、その現状を伝える場として、動物園は大きな役割を果たしています(写真4)。

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 写真4:保全活動を紹介した野生生物保全センターによるパネル展示。子供から大人まで、全ての人にわかりやすいように、イラストや写真を多く含んだ内容になっている。

1 東京動物園協会…恩賜上野動物園、井の頭自然文化園、多摩動物公園、葛西臨海水族園からなる、動物園と水族館の発展振興を目的とした公益財団法人。

2 IPPM-OWS…Inter-institutional Panel on Population Management of the Oriental White Stork(コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル)の略称。コウノトリの保全について、多摩動物公園や自治体、県の関連部署などと連携し、情報交換して活動を調整する団体。