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2020/12/07

【インターンシップレポート】「国際記念物遺跡会議」藤井郁乃

| by 事務局
人間総合科学研究科 世界文化遺産学専攻 藤井郁乃

2019年9月から2020年3月にかけて、フランス・パリに所在を置く国際記念物遺跡会議(以下ICOMOS)の事務局にてインターンシップに従事しました。本稿では、期間中の業務内容および所感を報告します。

1. ICOMOSとは

ICOMOSは150か国以上の10000人を超えるメンバーから成る国際NGOで、文化遺産の保護に関わる活動を行っています。第二次世界大戦で各国の文化遺産が破壊、遺失されたことを受け、ユネスコで記念物保存に関する国際機関を設置する構想が生まれました。この構想は「ヴェニス憲章」にまとめられ、文化遺産の保存や復元、発掘に関わる基本精神を示すものとして1964年に正式採択されました。ICOMOSの設立はこのヴェニス憲章の上に成り立つものです。

ヴェニス憲章の精神は世界遺産条約に受け継がれており、世界遺産条約が成立した1972年から一貫して、ICOMOSは諮問機関として世界遺産の審査やモニタリングに関わっています。

2. ICOMOSでの業務

ICOMOSではAdvisory & Monitoring部に所属し、多岐に渡る業務に関わらせていただきました。ICOMOSで世界遺産に関わる業務を大きく分けると世界遺産リスト登録前と後に分かれます。私の所属した部署は主にリスト登録後の世界遺産の保全状況に関わる業務を担当する所ですが、近年のICOMOSの業務の増加に伴って、世界遺産リスト登録前の段階に関わる業務も行うようになっています。本報告では、関わらせていただいた業務のうち特に印象に残っているものを紹介します。

2.1 遺産の保全状況報告書(State of Conservation report, 以下SOC)に関わる業務

ICOMOSでは、世界遺産リストに登録された遺産の保全・管理状況について通年の監視を担当しています。その中で、保全状況に課題を有する世界遺産については、委員国にSOCレポートの提出を要請し、これを以て遺産の置かれた状況を判断しています。ICOMOSからの報告を受けた世界遺産委員会が、際立って重大な危機にあると判断した遺産が「危機遺産リスト」に登録されることになっています。私は各国から提出されるSOCの集計や現地調査の手配に携わらせていただきましたが、SOCに限っただけでもその業務量に圧倒されました。ICOMOSが監視する遺産の数は現在でも800を超えていますが、世界遺産の登録数の増加に伴ってその数は年々増えています。さらに、昨今の都市開発やオーバーツーリズム、相次ぐ自然災害などで保全状況に課題を有する遺産も増加しており、それに伴う委員国とのSOCのやりとりや現地調査数の増加によってICOMOSの業務も相対的に増加傾向にあります。一方でUNESCOの深刻な予算難によってICOMOSの予算状況が厳しいこともインターン中に伝わってきました。限られた予算と人員で、ICOMOSは年々増加する業務をこなさざるをえない状況になっています。

2.2 アップストリームプロセスに関わる業務

アップストリームプロセスは2015年から始まった新しい世界遺産に関わる新しい仕組みです。アップストリームによって、委員国は世界遺産への推薦手続きの中で諮問機関と対話を重ね、登録のための課題や諮問機関の意見を確認することができるようになりました。これまでの制度では、諮問機関の評価を得ることができるのは表面的には世界遺産委員会の直前のみだったので、アップストリームは委員国が遺産を世界遺産に推薦するか否か、諮問機関の意見を交えながら判断できるようにしたものと言えます。

私は数件のアップストリームに関わらせていただきましたが、莫大な費用と時間がかかる世界遺産の推薦に際し、事前に諮問機関の反応と感触を掴んでおけるというのは委員国側にとって大きな好機になると感じました。諮問機関にとっても全体としての評価プロセスが長くなり時間的な猶予ができるといった利点がある一方で、アップストリームの際に出した意見が世界遺産の登録審査に係る最終的な評価に関わってくるというプレッシャーが付き纏います。また、アップストリームの段階では委員国が諮問機関に提供する遺産に関する情報が十分にまとまっていないことを踏まえると、諮問機関側には豊富な知識を有した評価者の選定が求められるという難しさを感じました。

2.3. 世界遺産センターでの経験

6ヶ月間のインターン期間中には、パリのユネスコ本部の敷地内に拠点を置く「世界遺産センター」にも訪問させていただきました。SOCに関する世界遺産センターとICOMOSの会合に同行したり、NGOをはじめとする世界遺産関係者による現地報告と諮問機関との情報交換を行う「World Heritage Watch forum」に参加させていただきました。これらの経験は、世界遺産が国や大陸を超えた遺産保護のフラグシップであることを改めて強く実感させてくれるものになりました。

3. インターンシップのまとめ

ICOMOSで勤務できたことは、「世界遺産学」という学際的かつニッチな学問に足を踏み入れた自分の遺産保護に対する向き合い方を大きく見直す経験となりました。世界遺産条約には多くの問題が指摘されています。年々数が増え続ける遺産の管理、諮問機関の事前評価が委員国のロビイングで覆される事例の増加、グローバルストラテジーに反して拡大傾向にある地域差など、枚挙に遑がありません。しかし、今回のインターンでは、制度の重要な担い手であるICOMOSの業務が逼迫した状況であることを痛感しました。主に自然遺産を担当する諮問機関のIUCNも「世界遺産の信頼性の担保のために、制度の抜本的な改革と、複雑化・増加する業務に対応するさらなる時間が必要 」と述べているように、現在の枠組みを継続する限界が近付いてきています。

世界遺産条約の採択から48年が経ち、世界遺産を創り上げてきた方々が一線から退かれる今、世界遺産学を学ぶ身として、今後の世界遺産がどうなるか、どうしていくかを考え続けねばならないと感じました。世界遺産条約を巡る動きを、運営の主体であるUNESCOの内部から見れたこと、運営に伴う課題を見れたことは、自身の論文執筆の大きな糧になると感じています。

4. インターンシップ業務以外からの学び〜ストライキと新型コロナウイルス 

今回のインターンシップの滞在中には、フランスで過去60年間で最大規模のストライキと新型コロナウイルスという大きな出来事を経験しました。ストライキは、マクロン政権が示した新しい年金制度にフランス国民が反意を示したもので、パリ市内では12月から1月中旬にかけて多くの公共交通機関が運行を休止しました。通勤や日常生活にも支障が出るものでしたが、それに関してICOMOSの同僚が「今不便を怖がっていたら、今後何十年も我慢を続けねばならなくなるかもしれない。だからフランス人はデモにも参加するし、デモが原因で生じる困難には寛容なのよ」と言っていたのが印象的でした。昼食時でも政治の話はよく話題に上がりましたし、専門知識や年齢や党派に関わらず、ざっくばらんに各自の意見を交換し合う姿を初めて見ました。ICOMOSのインターンシップに参加できたことで、世界遺産条約の動きを内部から見れたことに加え、政治参加という観点で自分の時間の使い方が大きく変わるきっかけとなりました。

新型コロナウイルス(COVID-19)に関しては、自宅勤務が余儀なくされたことや帰国時における影響は多々ありましたが、何より印象に残っているのは公共交通機関利用中や歩行中に「コロナ」と呼ばれるなど被差別者として扱われたことです。フランスは人口の約10%が移民と言われており、世界でも屈指の移民大国として知られています。街を歩けば世界各国の露店が並んでいますし、服装も肌の色も様々な人々が歩いていて、多民族国家を地で行く印象を受けます。私はアジア人、その中でも日本人であり、フランス社会における構成割合は0.07%と圧倒的マイノリティでありますが、フランスで自分がマイノリティであると感じることはありませんでした。誰も私に気を留めることがないのです。しかし、新型コロナウイルスが拡大傾向になってから、公共交通機関で私の近くに席を取る人が減り、道端ではコロナと呼ばれる機会が生じました。未知の物体や出来事は、安易に人々の分断を招くのだということを我が身を通して感じました。明白な差別を向けられた体験は胸に重くのしかかるものでありましたが、そういった時に変わりなく接してくれる方々や励ましてくれる同僚の存在がいかに有難いものであるかを実感しました。これから日本で生活していく限り、民族という括りで見れば私はマジョリティに属して生活していくことになります。どの社会においてもマイノリティに属する人々は存在しますし、謂れもない差別の対象になりがちでもあります。自分がマイノリティとして生活したフランスでの経験を、この社会のマイノリティの人々に向けることで、社会的な分断に抗っていきたいと思いました。

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