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Project Practice in Natural Heritageレポート (2)

2019年4月2日 10時55分

Tasmania Field Trip 2019

山岳科学学位プログラム 佐藤大輔

「オーストラリアには欧州や日本にあるような山小屋がないんだよ」
タスマニア入りする直前に、キャンベラ在住の友人家族と共にコジオスコ国立公園を訪ねた時のことである。コジオスコ山山頂直下のシーマンズハットという避難小屋で友人がこう言った。

 山岳科学学位プログラムに在籍し、山岳観光を研究する自分にとって、貴重な自然環境を残しているタスマニア原生林において、自然保護と観光開発をどのようにバランスを取っているのか関心があり授業に参加した。そのようなタスマニア入り直前、“オーストラリアには宿泊と食事のサービスを提供する商業的な山小屋はない”という話を聞き、とても気になったのである。この事が事実かどうかも含めて、どのような理由があるのか、ちょっとしたテーマを持って実習に入る事になった。


 タスマニア大学(UTAS)のあるホバートはオーストラリアで二番目に古い街である。しかし、それでも西洋人のタスマニアへの入植は19世紀に入ってからで、わずか200年ほどの歴史しかない。UTASでの実習初日は、座学に続いて、現地で六週間続く山火事に関するシンポジウムに参加した。そこで感じたのは、気候変動の影響もあってか、近年頻発する山火事に、多く市民が強い関心を寄せている事と、現地の人にとってタスマニアの原生林が傑出した普遍的な価値のあるものとして広く認識されている事であった。

 実習二日目に、タスマニア最古の国立公園であるMount Field National Parkに行った。この公園を案内してくれたニック氏というUTAS出身の若手研究者に、例の山小屋の事を聞いてみた。事実かどうかは彼の専門外で分からないようだったが、オーストラリアに商業的な山小屋がないことに、彼は全面的に賛成なようで、Good ideaだと言っていた。また、その日の夕方に、以前のタスマニア研修の世話役をして頂いた、世界遺産学の専門家マイケル・ロックウッド先生にも同様の質問をしてみたが、基本的にニック氏の考えに同調していた。豪州に商業的な山小屋がない事実関係は結局確認できなかったものの、二人の専門家の考え方は自然保護に大きく重点があるように感じた。


 実習後半で行ったCradle Mountain-Lake St Clair National Parkは、タスマニアを代表する自然公園である。そして、そこにあるオーバーランドトラック(Overland Track)は、世界屈指の優れたトレッキングルートとして、ロンリープラネットに認定されている。

 実習ではクレイドル山山頂直下まで登山をし、オーバーランドトラックの一部を歩いた。この全行程65kmに及ぶトレッキングルートを踏破するには、入山口でチェックインを行い、無人の山小屋を連泊するかテントを持参しなくてはならず、登山者は全ての荷物を背負っていくか、ガイドを依頼する他ないとの事であった。し尿以外全て持ち帰りという事である。世界複合遺産地域ということもあり観光開発は最小限になっている。

 古くから放牧などで人の生活が山の麓まで来ていたヨーロッパアルプスと異なり、僅か100年、200年前まで人跡未踏の原生林が残っていた場所の歴史の違いが、自然公園の形態に違いをもたらしているのではないかと感じた。また、タスマニアを含め、山火事が定期的に起こるオーストラリアの山岳域は常駐の山小屋を置くには不向きでもある。

 今回のタスマニア研修では、日本やヨーロッパアルプスとは異なる自然公園の利用の仕方が非常に印象的であった。自分でテーマを持って参加する事で期待以上の成果が得られたと感じている。

 旅程全般を通して、細やかな配慮とお世話をして頂いた先生がたには本当に感謝したい。